fate and shade 〜嘘と幻〜  1000hit外伝

ライオン





 朝七時半。また一日が始まる。

 律儀になっている目覚まし時計を止め、むくりとけだるげに起き上がる。今日も学校へ行かねばならない。また明日も行かねばならない。別にサボればいいんだけど、この頃はうるさいヤツがいるから、この目覚まし時計のように律儀に学校へと行っている。しかも時間通りに。

 三十分もかからないで用意を終え、朝飯は抜いて家を出る。別に腹も減らないし。減っても近くのコンビニで何か買えばいいし。

 コウの朝はこうして、ここ数年なんの大きな変化もなく過ぎていく。

 

「よう、木崎! 何、この頃マジメじゃん? どうしたのー?」

 からかうように話しかけてくるウザいヤツを片手で追い払い、仏頂面で席につく。ああ、どうせ今日もあいつが来るんだろうな・・・。光良は思い、憂鬱になる。

 ここ最近、妙に馴れ馴れしく話しかけてくるヤツがいる。光良とて、別に話し相手が一人もいないわけではない。友達、という軽い付き合いのヤツがいないのではない。でもあいつは、そういう度合いを越して光良に近付いてくる。

 正直言って、憂鬱だ。深く踏み込まれるのを嫌う光良の性格を知ってか知らずか、どこまでも馴れ馴れしいあいつ。・・・ほら、来た。

「木崎ー!! おっはよう! 今日もご機嫌麗しい?」

「ざけんな。朝からお前と会ってすさまじく憂鬱だよ、俺は」

 飾る言葉など知らないかのように、光良はその相手に厳しい言葉を投げる。だが、それでへこたれるようなヤツならば光良だって憂鬱に感じたりはしない。

「ご機嫌麗しいじゃん。お前のご機嫌いいときってないんだから、こうして楽しそうに話してるだけ麗しいっていうんじゃない?」

「言うか、バカ。どこが楽しそうなんだよ、どこが」

 はあ、憂鬱だ。きっとこの後に続く言葉は・・・。

「うん? 俺と一緒に話してるとこ」

 それ来た。なんだコイツなんのつもりだコイツ。もう訳わかんねぇ。

 大きくため息をついた光良は、思い返してみることにする。それはひどく不毛なことのような気をするが・・・出会った頃を。はじめにコイツと話したときのことを。

 

「光良〜。俺たちちょっと昼飯買ってくるから」

「はいはい、早く行けよ」

 四限の授業をサボリ、光良はごく数人の同級生と一緒に屋上でたむろしていた。別に友達なんて仲じゃない。ただの同級生。あえて友達というなら、サボリ仲間といったところだ。

 コウは、常に一匹狼だ。群れたりしない。ただ利害が一致するから一緒にいるだけで、実際は仲間でも友達でもない。そんなものはいない。

 それでも、一緒にいるヤツがいると結構楽しい。だから、学校に来ること自体は楽しみにしている。

 群れがいなくなると、光良は途端一人になる。一匹狼に戻るわけだが、そうするとなぜか群れからはぐれたようにしか見えなくなる。だから、光良は常に一定の距離を置く。距離を越さないように、引かれた線からこちらへ誰も来ないように、そうして警戒している。

 一人になると、随分と空が広く感じる。屋上は空へ筒抜けだ。コンクリートの床に寝そべると、視界に入る金網の四角い中に、空が閉じ込められているかのようだ。光良は、その感覚と風景が好きだ。だからいつも見上げている。険しい顔をして空を見ている。

「・・・? もう帰ったのか?」

 屋上へ通じる階段を上る足音が聞こえて、光良は起き上がってそちらを向いた。いつもより早い。食堂が空いていたのだろうか。だが、目に入ったのは見知らぬ顔だった。

「・・・誰だお前」

 光良はわずかに警戒してそう聞いた。屋上を登りきった人影は一つで、上履きの線の色が赤だったことから、同学年であることがわかった。

「いや、ドア開いてたから来てみたんだけど・・・お前こそ誰?」

 人影は男子生徒だ。警戒心のにじむ光良の言葉に、少し不安そうに尋ね返す。

 校舎の中は影になっている。影から出てくるまで、光良は人影を見つめた。そして言う。

「人に聞くときは自分から言え」

「・・・それ言うなら、そっちが先に言うべきじゃねえの?」

 返された言葉に、光良は皮肉げに答える。

「ここは俺らの縄張りだ。勝手に入ってきたヤツが名乗るのは当然だろ?」

 その男子生徒は眉を寄せて、嫌そうに言った。

「縄張りとかおかしいだろ。ここ学校だしさ」

 光良はフッと笑いを浮かべて、返した。

「学校だろうとなんだろうと構うもんか。特に、こんな屋上みたいなとこに公共性なんてないだろ。かったるい授業で使うわけでもねえしさぁ・・・ぶっちゃけ、ここ俺たちみたいなヤツらにとってしか利用価値ないし」

 男子生徒はう〜ん・・・、と考え込んだ。確かにそう言われればそうかも、と小さな言葉が聞こえてくる。

「だから、早く出てけ」

 光良の言葉は容赦なかった。そう言われた男子生徒はすごすご帰っていくかと思われたが、なかなかその場を動かなかった。

「・・・聞こえねえのか? 出・て・け。邪魔だ」

 光良はいらいらした調子で、もう一度言った。男子生徒は大人しく出て行こうとしたけれど、その前に振り返って、

「俺、真澄礼緒(ますみれお)っていうんだ。お前は?」

 なぜか自分を名乗って、名前を聞いてきた。光良はいぶかしみながらも、早く厄介払いがしたくて答えた。

「木崎光良」

 それを聞いた男子生徒の顔が、なぜか満足げだったのを鮮明に覚えている・・・。

 

 そして気付くと、真澄はことあるごとに光良に構ってきた。朝、昼、帰り、休み時間・・・ちょっとでも時間が空くと、すぐに光良の元へ来る。

 それから一ヶ月ほどをかけて、真澄は光良の生活態度を向上させていった。

 遅刻する→うるさくつきまとう。

 サボる→うるさくつきまとう。

 食事を抜く→うるさくつきまとう。 ・・・エトセトラエトセトラ。

 気付くと、光良は生活態度良好な一学生になっていた。屋上の仲間との関係も希薄になった。けれどそれを気にする光良ではない。別に、その場限りの付き合いで、仲間でも友達でもないのだから。

 真澄はうるさくつきまとった。何かと構った。光良はその行為に嫌気を覚える。毎日が憂鬱にさえ感じる。

 必要以上に近寄られるのは、きらいだ。そんな必要性もない。

 光良は、真澄を心の内に入れようとはしない。誰一人として、その心の内に入れるつもりはない。

 表面上の関係を絶つことは難しい。ならば、表面だけの付き合いをすればいい。それでも楽しめるなら、それでいい。楽しめなくても、それでいい。

 

 久々に屋上へ足を運んでみると、そこには誰もいなかった。珍しく授業にでも出てるのかと思ったが、よく考えれば違う。昼休みに授業に出るヤツなんていない。きっと食い物を買いに行ってるか、それか学校サボって遊びに行ってるかどちらかだ。

 真澄をうまくかわせた光良は、約一ヶ月ぶりに固いコンクリートの上に寝そべった。

 空が広い。金網がその空に向かって突き立って、閉じ込めようとしているかのように。久々に見るせいか、余計にそう感じた。

 目を閉じる。眠るように、意識をシャットアウトする。・・・疲れた。そして小さくため息をつく。

 

 ――気付くと、空が赤みがかっていた。どうやらあのまま寝ていたようだ。そして隣に目をやって、ギョッとする。

「何やってんだよっ!」

 真澄礼緒が、すぐ横に同じようにして寝ていた。

「うー・・・?」

 大声に目を覚ました真澄は、いきなりかっと目を見開いた。

「日が暮れたっ!!」

 そしてばたばたと無意味に慌てている。

「お前何してんだよ! 授業は!!」

「うーんと・・・サボった?」

 なぜか疑問系。

 光良は、なんだかちょっと頭が痛くなってきた。何やってんだコイツ、ともう一度ため息をつく。

「だって木崎寝てるからさー・・・起きるまで待ってたら、俺も寝た」

 ・・・アホだ。絶対アホだコイツ。

「あ、今なんかバカにしたろ?!」

 ひでー、と口をとがらせる真澄に、光良は腕を組み、傲然と言った。

「バカをバカにしてどこが悪い」

 あまりに偉そうな物言いに、さすがの真澄もズキリと傷つく。両手の人差し指を合わせて、「そこまで言わなくても・・・」とひねくれる。

「・・・あんまり静かに寝てるものだから。起こすのも悪いと思ってさ」

 それに寝顔が無邪気で可愛いんだもん、と真澄は言い添えた。光良の顔つきが、途端険悪になる。真澄はてへっと舌を出して、頭をつるりとなでた。

「じゃ、帰るか」

 それから真澄は先に立ち上がって、光良に向かって手を差し伸べる。もちろん、光良はそれをはっきりきっぱり無視して一人で立ち上がって、先に歩き出した。

 あ、ひでー、とまた声を上げる真澄を後ろに従えながら、光良は悪い気分はしなかった。

 あそこまで人に接近されるのも、無警戒なところを見られるのも、随分と珍しい。それでも、悪い気はしなかった。

 特別キライなわけでもないかもしれない、と光良は考え直した。

 

 また明日! と言って、真澄は学校を出て左の方向へと歩いていく。光良は右の方向へと足を向けて、しばらく立ち止まった。

 ・・・そのうち聞こうと思っていたことを、今ふと思い出した。

「おい、真澄。・・・どうして俺につきまとうんだ?」

 呼び止められた真澄は、一瞬呆気にとられたかのように動きを止めた。だがしばらくすると、その顔全体に笑みを浮かべてこともなさそうに答えた。

「気に入ったから」

・・・わがまま。光良はそう思って呆れたが、やはり悪い気はしなかった。

 ――もしかしたら、これ以上ないくらいに、真澄の笑顔が素晴らしいからかもしれない。



1000hitありがとうございます! それでもって書きました。現代でのコウは、異世界でのコウよりなおいっそう性格や言葉が悪いようです・・・。
真澄に関しては、これからの外伝にも登場してくるキャラです。本編では不明です。
コウ君の親友になってくれる子ですよ。


感想、誤字訂正などお願いします! 作者の励みになります!


fas目次へ