fate and shade 〜嘘と幻〜  05年、ハッピーメリークリスマス!

雪の降る道





 風が吹きすさぶ。仰ぎ見るとあんまり早く雲が行き過ぎるので、余計に寒くなる。

 ――この風の様子、なんかあれに似てるな。

 コウはぼんやりと思い返す。

 中学校は自転車で通っていた。家から二十分くらいで着く場所にあったけど、その間のあぜ道が辛かった。何しろ、風が吹きぬける。障害物も何もないから、ただ真っ直ぐに風が自分に吹きつけて、時には進むことすら困難なほどだった。

「コウ、どうかしたか?」

 シルフィラがのぞきこむようにして話しかける。コウは襟をたぐりよせて、「さみぃ」と不機嫌そうに言い放った。

「そう言われても・・・ここ越えないといけないんだし、仕方ないだろ?」

 苦笑して言われた言葉に、コウは頷かずそっぽを向いた。シルフィラはふうっ、とため息をついた。

「ん〜・・・じゃああの岩陰でちょっと休憩しよっか」

 寒さは変わらないけれど。多分、コウの機嫌が悪いのは疲れのせいでもあるだろう・・・。シルフィラは、慣れない岩道を、コウが四苦八苦しながら進んでいるのをわかっていた。元々、地元の者以外は進むのも嫌がる岩の道である。たいした文句も言わずについてくるのは、強情だけど、いっそ立派だとも思っていたところだ。

 シルフィラはコウの返事も待たずさっさとその岩陰に向かって歩き出した。

 コウは無言で従った。実際、疲れていた。不機嫌な理由はそれだけではなくても・・・。

 

「普段はここまで風強くないんだけどね。この道の天気は気まぐれだから、しばらく経ったら止むんじゃないかな」

 ん、とコウは生返事を返した。

 シルフィラは困った顔をした。・・・休んでも、コウの機嫌が直らない。この岩道を抜けるまでこのままだろうか、もしかして。

「・・・雪は」

「は?」

 コウが突然ぼそりと呟いた言葉に、シルフィラは意味がわからず当惑した。

「この世界、雪降るのか?」

 いきなり何を・・・と思いながら、シルフィラは答えた。

「降らないわけでもないけど・・・。でも、結構北に進まないと降らないよ。この辺じゃまず降らないだろうね。俺の故郷でも・・・たまに降るくらいか」

 ふぅんそう、とコウは黙り込んでしまった。

 シルフィラは困って、頬をかりかりとかいた。

「なんでそんなこと聞くんだ?」

 別に、とコウはやっぱり不機嫌そうに答えて、話すことはもうないとばかりにそっぽを向いて目をつぶってしまった。

 ――いったい何だろうな?

 シルフィラはやっぱり意味がわからず、理由もわからず、一人考え込んでしまった。

 

 少し休んで、また歩き出して。しばらくすると、二人はきつい岩道を抜けてゆるい岩道に入った。

 シルフィラは一人考え込んでいる。コウはむっつりと黙り込んだままだ。そんなわけで、二人の間に会話は皆無だった。

 岩道の間につくられた集落のような村に一泊の宿を借りたときも、二人の間に会話はなかった。借りたのは民家の一部屋だけれど、気前のいいばあさんが一人きりで住んでいて、話によると連れ合いは先に死んでしまい、二人の息子は出稼ぎに出てもう三年帰っていないらしい。そんなわけで、部屋もベッドも空いていた。

「息子もあんたたちくらいの年なんよ」と懐かしげに言うばあさんの手料理は、風に吹かれて冷えた身体にあたたかくしみた。でも、そう言ったときのばあさんは、やはり少しさびしそうに、コウには見えた。

 ばあさんとの間に会話はあっても、二人の間の会話はやはりほとんどなかった。会話をしないで意思疎通できるほどに気が合うわけではないけれど、会話をする必要性がなかったのだからどうしようもない。

 シルフィラはずーっと考えていた。なぜ雪? 雪に意味があるのか。そして――ピンッと思いついた。

「あ、そーか」

 コウが寝静まったあとのことだ。そのいいことを考えたとでも言いたげな言葉は、コウには届いていなかった。

 

 次の朝。あまりの寒さに目が覚めた。

「何・・・さむ」

 モソモソと起き上がると、隣のベッドにシルフィラはすでにいなかった。床に足を下ろして、冷たさに一瞬足を引く。冷気がむき出しの足に吹きつける。

「すきま風か? ・・・ん? 窓、開いてんのか」

 窓が開け放たれていた。ああ、そのせいで風が中に吹き込んでるのか・・・と、コウは窓を閉めるために近付いた。

「っ!!」

 そこで、信じられないものを見た。

 ――真っ白。一面が、白い。

 それを見たコウは、昨日のシルフィラと同じようにピンッ思い至って、着替えもそこそこに下への階段を駆け下りた。

「お前ーっ!!」

 シルフィラはそこにいた。テーブルについて、マグカップを手に持っている。あたたかそうな湯気が立ち上るそれを、両手で包み込むようにしている。

「ん? コウ、どうかした?」

 コウも、顔から湯気が出るかと思われるほどに怒っていた。

「お前っ! 外の雪、どうした?! 絶対お前の仕業だろっ!」

 対するシルフィラは、困ったように頬をかりかりとかいて、小首を傾げた。

「あれー、嬉しくない?」

「どうして嬉しいんだ!」

「え、だってさ・・・」

 ――雪が恋しいのかと思ったんだ。シルフィラはそう続けた。

 コウは毒気を抜かれたような、それでいて奇妙なモノを見つめるかのような視線で、シルフィラを見た。シルフィラはというと、そんな視線は全くお構いなしだ。手に持っていたマグカップの中身を飲み干すと、「外行こう!」とコウに笑いかけ、さっさと出て行ってしまった。

「あれーこん雪は、あのぼうやがやったのかい?」

 コウにあたたかな飲み物を差し出しながら、ばあさんはそう言った。

「こん地方じゃね、雪なんて滅多に降らんのよ。だぁから、こんだけの大雪降られると、きっと色々混乱してまうだろうね」

 つまり、地球でいう“雪が降ったときの東京都”状態になってしまうということか。コウははあ・・・と大きくため息をついて、一息にマグカップの中身を飲み干した。熱くはなく、ただあたたかかった。

 

 コウが後を追って外に出ると、シルフィラは雪の中に立ち尽くしていた。

 ぼんやりと上を見上げ、いまだ降り続く雪に手をかざしている。その肩に、鈍い色をした髪に、雪がうっすらと降りかかり積もる。

「・・・何してんだよ」

 コウが不機嫌さ爆発で話しかけると、シルフィラは一拍の間を置いて、振り返った。

「きれいだろー? 俺、雪好きだ」

 悪いことをしたとも思ってない。ただ喜んで、笑っている。コウは言い返すのも諭すのも面倒になって、もう一度ため息をついた。

「あっそ。・・・まあ、きれいだよな」

 降りかかる雪。手にすくえば溶け、手にとろうとしてもヒラリと避ける。白く降り積もっているのに、影は青い。誰も雪かきなどしていない。踏み荒らされることのない純白の世界に、二つ足跡がつき、コウはシルフィラと共に立っている。

 コウは無言で足元の雪をすくいとった。そして・・・。

 結構な勢いで、シルフィラの顔面向かって投げつけた。

 驚いてシルフィラが固まっているところに、もう一発。さらにもう一発。

 そこまで行って、やっとシルフィラはそれを避けるようになった。

「何するんだっ?! コウ!」

 コウはニヤリと笑って、また一発投げつけた。

「雪合戦。・・・ちょうど対象がいることだし。やっぱこれだけ雪が降ったら、これだろ」

 そしてもう一発投げつけた。シルフィラはすかさず避けて、自分も雪をすくいあげてコウに投げつけた。コウは難なくそれを避けた。コウは避け専だから。

「〜〜っくそ!」

 さっきまでのコウと同じように、シルフィラは何発もコウに向かって雪を投げつける。コウも負けじとやり返す。

 ――雪原に、二つの声が響き渡る。

 

「さすがに、疲れる、っての」

 あえぎながら出された声は熱を帯びて。吐き出す息が白く変わる。

 コウは雪の上に大の字になっていた。

「俺の、勝ち!」

 シルフィラも同じように、コウと頭を合わせるようにして大の字になっている。その顔は得意そうだ。

「馬鹿言え。俺の、勝ちだ」

「いや、俺だね」

「俺だ」

 二人は、同じように雪まみれで、同じようによれよれで、同じように疲れていながら満足そうな顔をして。そして頭合わせに雪の上に寝転んでいるのだった。

 雪は、降り続く。そうしている間にも、雪は二人の上にうすく積もっていく。

「・・・なあ、コウ」

「あ、なんだ?」

 シルフィラはコウに話しかける。コウは鈍い灰色の空を見つめながら、答える。いまだ、雪は降り止まぬ。その空の色は、シルフィラの瞳の色とほんの少し似ているかもしれない。

「雪、好き?」

 コウはしばし無言だった。その間にも、二人の上に雪は積もる。

 コウはいきなりガバリと起き上がった。身体に積もった雪が、その拍子に落ちた。

「風邪引く。帰るぞ」

 雪に足をとられながらも、コウは一人歩き出した。シルフィラも後をついて歩き出す。

 ザクリと、二人が雪を踏み歩く音だけが響く。

「・・・キライってわけでも、ないかもな」

 ぽつりと呟いた言葉はシルフィラにしっかりと届いて。シルフィラは満足そうに笑ったのだった。

 

 ――雪などキライだった。ただ無意味に降り積もって、自転車も車も滑るし歩きにくいし。何より、あまりに寒すぎて。

 雪合戦をする相手など、いなかった。小さな雪ダルマをつくって飾っても、次の日には溶けていた。

 でも・・・今はキライなわけでもないかもしれない。好きかと聞かれればわからないけど、キライかと聞かれればそうでもない。

 誰かと雪合戦をできるから。楽しかったから。

 でもそんなこと認めるのはしゃくだから・・・。

 コウは、ばあさんにお礼を言って村を去るとき、ほんの一瞬振り返って・・・笑った。

 

 

 後日、ばあさんの家に、長年帰っていなかった息子が二人とも帰ってきた。

 旅の途中で聞いたのだという。降ったことがないほどの大雪が降ったということを。

 そして帰ってきたのだという。――心配になって。会いたく、なって。

 降り積もる雪は、たくさんの思いをのせて。そしてなお、降り積もっていく。



一応クリスマスバージョンってなことで。
時間としては・・・四章と五章の間くらいでしょうか?
05年クリスマスに急いで書いた代物・・・なぜこうも丸く収まったのか、不思議です。



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