当てのない旅
『早く離れたい』 『でも一人は怖い』 それは身勝手な感情。 つないだ手を離す日は、いつだろう? 今はこの後ろ姿に追いつくので精一杯だけど・・・いつかは。 「お父さん」 少年はそう、父親に声をかけた。その後ろ姿。彼は振り返らず、返事だけした。 「お父さん、お父さんはいつまでお父さん?」 つないだ手が温かい。その大きな背中は安心できる。 お父さんは無口で、あんまり笑わなくて、「当てもない旅だ」と言いながら、ぼくと一緒にずっと歩いている。 山、谷、川。人並み、町並み、露天の声。全てが新しい。全部が、宝物になるように、お父さんはゆっくり歩いて、ぼくの手を引いて。 「・・・何言ってる?俺は、いつまでもお前の『お父さん』だよ」 お父さんが振り向いた。小さく微笑んでいる。優しく笑っている。 「いつまでも、お前の『お父さん』だ」 それでも、いつかは。 いつかは、この手を離すのだろう。 温かい手。大きな背中。大切な思い出。全ては、色あせてしまうだろうか?この手を離したとき。お父さんは、お父さんなのだろうか。そのときも。 「ん? どうした。また難しいこと考えてたのか? ・・・全く、お前は誰に似たんだろうな? お父さんもお母さんも、難しいことはからっきしダメだっていうのにな」 笑って、目線をあわせて。乱暴に頭をなでられた。 「いいんだよ、いきなり大人にならなくて。・・・いつか、この手を離すとしても、そのときも、お父さんはお父さんだから」 これは当てのない旅? うそだ。これは、思い出をつくる旅だ。 いつか離れるときにも、寂しくないように。お父さんの手を、その温かさを忘れないように。今はせめて、このぬくもりを。 「・・・うん、わかった」 答えるけれど、お父さんにもわかってる。 いつかそのとき。それを笑って迎えるためにも、ぼくはまだ旅を続ける。
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