金の、紫の



 ――リーア・リーオ・リール!!

 街中で謎の言葉。叫ぶのは少女。これまた奇天烈な、どピンクの髪。染めてるのか? じゃあ、あの目はカラコンか? 鮮やかな、紫色。ピンクと紫。着ている服は真っ白で、叫び声より何よりも、その姿がまず目立った・・・。

 

 ・・・で、後悔してる。してますよ、ええ、多大に。関わらなきゃよかったって。――そう、何を思ってしまったんだか、声をかけてしまったわけ、俺は。他の誰もが見て見ぬふりで逃げる中、どうしてかなぁ・・・「何言ってるの?」なんて聞いてしまった。

 少女は一瞬驚いて、それから、あろうことか、いきなり俺に抱きついてきた。それでまた、叫ぶんだ。――リーア・リーオ・リール!! って。

 でも何言われてるかわかんないし。俺は今更ながらに逃げようと思ったけど、ほら、後悔先に立たず、って言うじゃん? ひっついて離れないで、しょうがないから、こうして家まで連れてきちゃったわけだけど・・・。

 やっぱり、後悔。連れてこなきゃよかった。頭のおかしな女の子、だったらまだよかったのに・・・なんてことか、この少女、常識からは九十度どころか平面が立体になっちゃうくらいに外れてた。

「ラ・ラ・ラタっ!!」

・・・で、少女はいまだ叫んでる。ピンクの髪を振り乱して、一心不乱に。――何に向かってかって? 驚くなかれ。自家栽培の鉢植えに向かって。ちなみに、トマト。ミニトマト。ほら、夏になると沢山つくから・・・。

 ちゃうちゃう、何考えてるんだ、俺。現実逃避はよそうぜ? ほら、前見ろよ・・・トマトがにょきにょき伸びてるじゃあないか。あら不思議。今すぐにでも収穫できそうね☆ ・・・何星飛ばしてんだよ、だから、現実見ろって!

 プランターに埋めたばっかのミニトマト。お世辞にも、発育がいいとは言えなかった。今のいままでは。でも、もう俺の身長越えてるぜ?・・・デカすぎやしないか?

 なーんて言ってるうちに、おう、やべぇ! トマト、倒れてくるぜ?! デカすぎだぜ、このやろう! 実もならずに巨大化して倒れてどうする?!

 ずべしゃ・・・と音を立てて、叫びもむなしくトマトは倒れた。一気に枯れていく。それを見て、驚いて後ずさるピンク。・・・おい、ふざけんなっ?! 密かに楽しみにしてた俺のトマトちゃんを枯らせて、びっくりしてんじゃねぇよ!

 ピンクが俺を見る。俺はピンクをにらむ。ピンクはそれで、怯えたようにまぶたを震わせた。そしてまた、叫ぶんだ。

「リーア・リーオ・リール!!」

 〜〜〜っ!! 俺に何が言いてぇんだよ! はっきりしろや、この、トマトの敵! っていうかさ、これって何? 普通、人間にあんなこと出来る? ・・・わけねぇだろ、ありえねーって。・・・そう、突っ込みを自分に入れたい。もうちょっとよく考えろ、って。これってアレだろ? 信じられるもんじゃぁないけど・・・魔法、とかって。そういうやつ?

 

 ピンクは大人しく居座った。そうすることにしたらしい、というか俺が大人しくさせた。ちょこちょこ歩こうとしたら、文句なく叱ったから。

 ――まあさ、俺も変なヤツだよな。身の危険、を感じなかったわけではないけど、なんだかこのピンク、犬みたいに甘えてくる。かと思えば、猫みたいに、その紫の目で警戒してる。いや、むしろ・・・怯えてる? そんな感じだ。俺だって、一介の大人なわけだし・・・変な少女でも、ここで投げ出したら後味悪い。危害は加えてこないし。・・・まあ、トマトは別として。

 ・・・あ、ほら。またどこか見てる。ピンクは毎日、いつでも、あの変な言葉を叫んでる。コイツを見つけて連れてきてから数日だけど・・・警察、行ったほうがいいのかな? でも、補導少女とは違うと思う。聞いていると、少女はずっと、叫ぶのだ。目を閉じてみれば、それは狂おしいほどの、まさに叫び声。あ、ほら・・・また叫んだ。

「リーア・リーオ・リール!!」

 さらに言えば・・・呼んでいる。叫んで、呼んでる。何を? 誰を? そんなの、わからない。ただ、少し泣きそうだ。あんなに大きな声で叫ぶと、のどを痛めやしないだろうか。

 少女がうなだれてる。俺はその後ろ姿を見ながら・・・ただ、不思議だ。

 

 今日は満月だった。思い出した。いや、今見たからわかったんだけど。

 少女はピンクの髪を宙に揺らす。俺はその、異常な速度で駆けていく後ろ姿を追いながら・・・ああ、なんで追いかけてんだ? って、そう思うけど止まらない。

 少女が叫んでる。だから俺は、追いかけてる。――人気のない、夜の海。近くはない、遠くもない。全力で走れば二十分くらい。俺男だし。まあきついけど、これでへたったら、ちょっと面目が立たない。

「リーア!」

「リーオ!」

「リール!」

 少女が言葉をくぎって呼んだ。だから、わかった。・・・これは、名前だ。何か、じゃなくて、誰か、だ。その証拠に・・・まあ、誰に示さなきゃいけないわけではないけど、自分に対しての証明ってこともあるだろ? 夜の海、その砂浜に、そりゃあもう、ありえないくらいキレイな男三人――お日様よりまぶしい金の髪にさ、どっかで見たような紫の瞳。宝石みたいな・・・俺の表現だと、これが限度かな。そう、ありえない美しさの男三人、立ってる。笑ってんだよ。だから、余計にキレイでさ。少女が嬉々として駆け寄って、その中の一人に抱きついて。リーア、って叫んだものだから、あ、これがリーアかって。順番に抱きついては、リーオ、リール、って叫ぶから、あ、これがそうなのかって。・・・正直、俺には見分けがつかなかったよ。キレイすぎて。

 少女が、ピンクの髪を揺らしてこっちを向く。情けないことだけど結構息が上がってた俺は、振り向く瞬間を見逃した。気付けば少女はこっちを見てて、俺に向かってにっ、って笑って。バイバイ、って手ぇ振ったと思ったら、そのまま消えた。

 え、何? 俺にはその言葉しか思いつかなかった。

 

 ・・・で、冷静になって考えてみると、なんで俺、平気だったのかな、って。だってさ、普通に考えたら、意味わかんねぇわけじゃん。トマト巨大化させるわ、枯らすわ、髪ピンクだわ目ぇ紫だわ。ほんと、なんで俺、そこんとこ気にせずに一緒にいたんだろうな、って。まあ、理由はわかんねぇのよ。

 ただ、海に向かって走ってた時、どうしてか、あのピンクはどこか行くつもりなんだと思った。・・・もしかして俺、わかってたのかもな。

 ――ほんの一瞬だよ? 数日なんて、あっというまさ。気付けば過ぎてた。それだけ。人生の一ページ、思い出。呼び方は色々あるけど、なんかどれもすっきりしない。しっくりこない。・・・ってゆうかさ、これって思い出? 俺の夢だった、って言えないわけでもない。

 

 

 ・・・それでも俺、信じてる。夢だったかもしれない。でも、夢じゃない。ちなみに言えば、思い出も違う。

 これは、昔話。俺の若い頃の、ね。――だって、そうだろ? 俺が話すこの奇怪な言葉を喜んで聞くのは、この子たちだけなんだからさ・・・。




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