夏の夜の夢



 たった一夜、奇跡のように咲き誇ってその花は散った。

 あとにあるのは、あの見慣れた実の形ばかり。ふっくらと大きく、熟した果実より赤く色付いた鬼灯の姿だけ・・・。

 

 よくよく思えば、その鬼灯の苗はどこか妙なものだった。自分が幼稚園のときよりも昔からあるが、鬼灯としては異様に巨大で、大人の背丈ほどもあった。それに毎年実がつくと、ほれぼれとするほど立派で、どこか威厳すら覚えた。

 小さい頃は思ったものだ。

『この鬼灯には、神様が宿っている』

 それほどに、その佇まいは美しかった・・・。

 

 ある夜のことだ。

 この時自分はもう高校生にもなっていた。このくらいになると、小さい頃に思ったような感慨はすでに冷めて、その鬼灯のことも、ただの突然変異程度にしか思わなくなっていた。神というよりむしろ、おばけ鬼灯くらいに考えてた。

 夜は刻々と過ぎていったが、どこか頭が冴えていて、眠れなかった。眠れないならば少し歩こうかと、外に出た。今現在、残暑の厳しさに夜になっても外は蒸し暑かった。その暑さに顔をしかめながらも、生ぬるい風に身をひたらせていた。

そうして庭のはじまでくると、そこには見慣れた鬼灯の姿があった。それは高校生になった自分の背丈よりも、なお少し高い。やはりおばけ鬼灯だ、とそう思った。よく見ると、実はまだついていないようだった。

なんとはなしに、その葉に触れる――と、真っ白な何かが見えた。

見慣れぬそれに目を近付けると、それは、花のようだった。おばけ鬼灯に花がついていることを知り、そういえば・・・と思ってみる。自分は今まで鬼灯の花なんかみたことがないと、気付いた。

珍しいと思いつつ葉をかきわけてみると、そこかしこに白く花が咲いていた。

綺麗だ、と思って手を触れると、花はふわりと落ちた。それを合図のように、どんどん花が散りはじめる。ほんの数瞬のうちに、花は雪のように降り積もっていた。

桜の散り際より儚く、椿の散り際より潔く、まるで舞うかのように・・・。

降り積もった花が、大気に溶けるように消えていく。鬼灯の巨体には、同時にポツポツと実がついてくる。そしてやはりほんの数瞬の間に、その実は大きく、赤く、色付いていくのだ。

 鮮紅と言えるほどの赤。薄白と言えるほどの白。その、調和。

夢かと思えるほどの一瞬で、その光景は落ち着いた。

あとには、見慣れた鬼灯のその姿があるばかり・・・。

 

 

この日を境に、残暑は穏やかになっていった。

そして、今になって思う。

 

まさしくあれは、夏の夜の夢だった。



*羽月×釣り蛍の中にもあった話ですが・・・ちなみにお題はまんま”鬼灯”。

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