岐路



 まどろみから目が覚めた。

 一瞬自分がどこにいるかわからなくなって、混乱する。それから、ああ私は異世界にいるんだったと、そんな非現実的なことを思う。

 ふた月前、私は森に落ちた。何が何だかわからないうちに熊みたいな獣に襲われて、必死で逃げていたところを猟師に助けられた。けれど、言葉が通じない。彼は私を街の魔術師に預けて、今私はその魔術師と暮らしている。

 魔術師の名はわからない。彼は私のイメージする魔術師とは全然違う印象をもつ、優しげで賢い青年だ。ただ、名前を名乗らないだけ。魔術師であるための第一条件がそれであるのだと説明された。

 言葉はまだわからないことが多いが、だいぶ聞き取れるようになってきた。今日も、知らない文字を習っている。たどたどしい言葉を使って、私は時たま買い物に出る。この街にやっと少しずつ慣れてきた。

 けれど、不安になる。元の世界に帰れるのか否か、それ以前にこれが長い夢でない可能性はどの程度なのかと、思う。何か理由があって、私はここにいるわけではない。なんの理由もないことに、どんどんと不安が募る。

 魔術師は、いつまでいてもいいと笑う。帰る方法は見つけるからと言葉を紡いでくれる。

 その言葉に束の間安堵を得ては、こうしてまどろんだ後、泣きたくなる。

 私はいつ、戻れるのかと。

 そうして泣きそうな私を魔術師はいつも目ざとく見つけて、子どもにするようにあやす。大丈夫だと、この言葉だけは何回も聞いて、もう耳で覚えてしまった。

 

 ――今、私の中には二つに相反する感情がある。

 帰りたい、けど、帰りたくない。

 どうしたらいいのかと、悩んでいる。



異世界恋愛活劇幕間。

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