小箱の歌
涼やかな風舞う夜の墓場。人影が一つ、地面を素手で掘っていた。 “返してあげる。返してあげるからね・・・” そう呟きながら、掘り出した棺の上に片手で包めてしまうほどの、小さな小さな箱を乗せる。 その棺も、小さい。つい二日前に死んだこの子は、冬の初めに七歳になったばかり。今は、花咲き誇る春、その終わり。春は、この子が一番好きだった季節。 ――この子は、魔女に殺されたのだった。 冬の終わり、その日は今年最後と思われる雪が西の山から降りしきっていた。あの子はその白さに惹かれて一人、外に遊びに出ていたそうだ。 そして夕方帰ってきた時・・・声を、失くしていた。 翌日、たいして広くもない村全域に魔女の声が響き渡る。 “その子の声を奪ったよ。そしてこの春が終わる頃には、その子は死んでいるのよ。何かと言うと北の魔女ばかり。西の魔女にも手を出す権利はあるでしょう?” 冗談ではないと思った。北の魔女はいい人だ。村を襲ったりしない。子供を殺そうとなどしない。 それから数日、春の芽吹きが始まった。その時村の男達は立ち上がった。西の魔女を倒すという。あの子のために、村のために。 それから何度か・・・春の中頃まで、村の男達は手に手に慣れない武器を携えて、西の山を登っていく。ふもとには残り雪、上に向かうにつれ逆行したかのような冬の寒さ。 そうしたかいもあったのか、魔女は倒された。最後の隊についていったから、その場面を実際に見ていた。 毒々しい美しさ。頭から足先まで、目に痛いほどの白に覆われた姿だった。西の魔女は男達の一人に草木を切り取る鎌で刺され、自分の真っ赤な血で肌を髪を染めながら死んだ。 意気揚々と帰ってきた男達。しかし、あの子の声は戻っていなかった。 そして西の魔女の宣告通り、春の終わりに、静かに死んでいった。 埋められた棺は小さく、軽く、人々の嘆きは、今は深い。けれどもきっと、忘れ去っていくのだろう。 “しゃべることが、好きでした。走ることが、好きでした。そして何よりこの子は、歌うことが、好きでした” 土をかけられ冷たい地の底に埋められていくわが子のことを、母親はそう語った。 知っていた。この子がいつも歌っていたこと。子供らしい歌声は柔らかく温かで、風に乗って届くそれを、よく聞いていた。本当に楽しそうに、幸せそうに、歌っていたのだ。けれど、もう長いこと聞いていないように思える。 ・・・きっと、忘れ去っていくんだろう。この子の歌声。はしゃぐ姿。幼いまま育つことのないこの子のことを、誰もが。 それは悲しいけど、どうしようもないことなのだと思う。 死んでしまった。そして、もう二度と、会えないから。 ふと、箱の中を開いてみる。そこには何も入っていない。けれど、風にかき消えてしまいそうなほどわずかに聞こえてくる。 それは、この子の声。失くしてしまった、あの歌声。
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