イメチェン



 まるで蛇のようだと思った。
 排水溝に流れ、あるいは詰まっていくそれは、まさしく黒い川。淀んだ流れが小さな渦を作る。そして、ばっさりと断ち切った未練の名残は、慣れ親しみなく背中に広がった。
 こうしてしまうと、なんだか頭がとても軽い。特別に思い悩んでいたわけでもないが、もやもやが吹き飛んだような感じで、すっきりした。最後に頭の上から水を被って、風呂を出る。
「ばいばい」
 ホラー映画みたいに排水溝に詰まっている自らの髪に、ちょっとだけ手を振ってから。

 ――きっと、あたしが誰かわからないな。
 濡れた髪を乾かしもせず、窓から身を乗り出して外を見る。住み慣れた町、ひんやりと冷たい風が頬をなでて過ぎていく。
 膝裏まであるような、いささか長すぎる髪が、自慢だった。滝のようにつややかで、真っ直ぐで、黒く。・・・けれど、時々鬱陶しかった。誰もが一度は振り向き、驚愕しつつ通り過ぎる、そんな行為に優越感を感じたりもするが、同時に、その奇異の目は無遠慮で嫌いでもあった。
 なぜそんな長くしたか、理由は覚えていない。ただ、切れなかった。小さい頃に死んだ母の後姿・・・それに憧れたりもしたのかもしれない。母は、見事な黒髪を、腰辺りまで伸ばしていた。
 ・・・昨日のことだ。後ろから風が吹いて、結わない髪が吹かれて視界に入ってきて。ふと、切ろうという気になった。そして今日、切ってしまった。ざくりと、大事に大事にしてきた髪に、荒くはさみの刃を当てて。
 短くなって、なんだか気分が良い。頭だけじゃなく、体も軽い。ころころと風すら笑っている。
 ――きっとみんな驚く。ああ、なんだか楽しみかも。
 髪の長い子って覚えてる一部のやつらも、もうそうは呼べない。そう思うと、ざまぁみろとせせ笑ってやりたくなる。
 何故だろう、すごく笑いたくなった。
 短くなった髪に手櫛を通しながら、窓辺を離れる。その口元には、小さな笑み。髪を乾かして、ベッドに入って、今日はもう寝ようと思った。
 明日を楽しみに思いながら。



題名がそのまんま

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