ある少女



 三階のマンションのテラスから、少女が落ちて死んだ。落ちた少女はその部屋で一人暮らしをしていた、近所の大学二年生。深夜のことで、目撃者もいない。現場検証の結果不審な点はなく、友人や家族の話では人に恨まれるような子でなく、扉には内側から鍵とチェーンがかかっていて隣家の住民もその夜特別怪しいことはなかったと証言したために、自殺と判断された。

 ただ一つ不明なのは、その動機だ。何故自殺したのか。実は、自殺という結論については、不審な点がいくつかあった。少女はパジャマ姿だった。鞄には明日の用意がしてあった。パソコンには打ちかけのレポートがあり、音楽がかかっていた。翌日出すゴミの準備がしてあった。目覚ましがセットされていた。

 自殺、と警察は判断したが、両親はもちろん、異議を申し立てた。誰かに殺されたのだと、現場検証のやり直しを求めて裁判を起こした。その裁判の決着は、まだついていない。少女は自殺か、他殺か。今のところ、誰も知る由がない。

 私にも、わからない。けれど何となく、少女は自殺でも他殺でもないのではないかと、そう思いもする。

 マンションの最上階の部屋。目の前に高い建物もなく、見通しはよい。夜、人々の暮らしが夜景になる。遅くまで起きている人、早くに眠る人。窓から漏れる明かりが、このテラスから見える。

 空。都会の空でも、空気の澄んだ日には星が瞬く。月が昇る。静かに、誰にも意識されることなく。

 

 少女は、何かを見ていたのではないのだろうか。このテラスから一人、何かを思っていたのではないか。

 私は、そう思えて仕方ないのだ。



実際こんなことをしています

小説目次へ