カホの言い分



 夜、テレビでバラエティー番組など見ていたら、ドアから男が一人入ってきた。男は一言、

『水をもらえまするか』

 そう言ったので、水道の水をコップに一杯あげた。ありがたい、ありがたい、と言いながら水を飲んで、ごちそうさまと男は部屋を出ていった。

 それから三十分後、明日の用意をしていたら、今度は女が一人、ドアから入ってきて、

『何か食べるものをいただけますか』

 そう言ったから、カロリーメイトをあげた。ありがとう、ありがとう、と女はカロリーメイトをばくばく食べ、いただきましたと去っていった。

 それから今度は二時間後、トイレに行きたくなって起きたら、こたつに少年が座っていた。

『寒いんだ。温かくしてよ』

 わがまま言うなぁと思いながらこたつのスイッチを入れてあげたら、しばらく経って温かくなったらしい。少年はありがとうと言って、消えた。

 一晩のうちにそんなことがあって、ああこりゃ皆出てくわな、と納得した。

 ――ここは有名な幽霊物件で、私は値段の安さにつられて引っ越したのだった。

 そして一ヵ月、今なおここに住んでいる。大家はびっくりしている。でも、私にとってはこの家は怖いところではない。

 気付いていないようだけど、私も幽霊だから。

 

 

 私は幽霊だけど、幽霊じゃない。正確に言うと、一度死んだだけだ。

 私は小さい時、交通事故で一度死んでいる。それで甦ったわけだけど、この甦り方が問題だった。私の元の肉体はもう使い物にならないので、別人として甦ったのだ。この別人というのが、同時期に死んだ同じ年くらいの女の子で、私はそれ以来、その女の子として育った。おかしなものだと思う。中身・・・魂とか言われるものが違う娘を、親はちゃんと育てた。まるで、カッコウの子どもみたい。今はもう社会人だから、その女の子の両親からは離れたけれど。学生時代は、さすがに息が詰まった。

 その妙な臨死体験をして以来、私は人間なのに、幽霊として生きているみたいになった。でも、幽霊も捨てたもんじゃない。理性がすり減ってしまった意識体のような幽霊はどうとして、まともなのも結構いる。

『カホ、お前はいいかげん、人間として生きようとか思え』

 欠点をあげるなら、いつでもどこでもこんな感じで話しかけてくること。何しろ幽霊だ。いつどこにいても見咎められることはない。

「生きてるじゃん、人間として」

『俺は、どっちかに限定して生きろって言ってんだよ』

『同感だな。お主、我らを見ようと思わなければ見えぬこと、話せぬこと、わかっておろう。いつまでもこんな不自然な付き合いを続けるべきではない』

『ええ、やだ! ぼくカホねーちゃんと話せないとか、やだよ!』

『そんなわがまま言っちゃだめよ、ユウト。カホちゃんは、私達とは違うんだから・・・』

 まあ色んな幽霊が集まったものだよ。二十代の青年、武士風の男、小学生くらいの少年、三十代の女性。まだまだいる。皆、小さい頃から私と一緒に暮らしている。

 これだけ賑やかにしておいて、見るなとか、話すなとか、もう無理に決まってるじゃん?私がいつまで経ってもそうできない理由、本当にわからないのかな。

 

 結局、私の毎日に、彼らの存在は欠かせない。幽霊・・・別に悪いことなんて一つもない。私の友達、家族。いつも一緒にいるべき、人達。ねえ、こうして笑っていられるんだから、生身があるかどうかなんて関係ないでしょ。



かなりの矛盾がありますが放置

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