今日、旅へ
――忘れないことが強いわけではない。 時には、忘れることだって。 今でも思い出す記憶がある。 幼い自分。暗い夜。叫び声。倒れる音。――紅い、記憶。 親を殺された自分を、私は哀れむだろうか? 夢の中で、いまだに忘れられずに記憶と戦う自分のことを、私は、愚かだと笑うだろうか。 それは自嘲。幼い自分も、今の自分も、全く変わりなく、やはり鮮明に、焼け付いて離れることがない記憶。忘れることができない自分へ、忘れようとしない自分への、自嘲。 あの時からすでに十年。ずっと自分を支えてくれた友と、育ててくれた父母に、敬愛の意を表したい。 『私は生きている』 記憶を忘れることはできなかったし、どこかで、忘れ去ることを恐れる自分がいたのも確かだ。――憎しみを、恐れを、哀れみを消し去れるほど、心が強くないのは事実だ。 それでも、十年、自分を助けてくれた、慈しんでくれた全ての人に感謝をしたい。 私はひどく醜かった。十年――長い、月日。忘れることを恐れる心は黒く汚れて、もう落とすことはできないくらい、黒く、よどんで。そうして醜く変質していく自分を分かっていながら放置した自分自身も、やはり醜く。 ――ああ、それでも。私を抱いてくれた、愛してくれた。 ありがとう。そしてごめんなさい。 私は、こんなに汚れているのに。愛してくれた。それだけで――。 今日、旅に出ようと思っています。 憎しみを消す旅です。恐れを超える旅です。哀れみを慈しみへと、変える旅です。 愚かな自分は、いまだ健在です。こうして、黒く汚れた自分を、まだ愛して、信じてくれる人がいると思っているのですから。 ――それでも、旅に出ようと思います。 自分を変える旅です。そして、これは世界を変える旅です。
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