嘘つきの塔



 嘘をつくと死ぬと言われた。そんな子ども達の楽園、ここは嘘つきの塔。

 

 

 

 昨日のことだ。マリーが嘘をついた。明日は雪が降ると言った。今日、雪なんて一片も降らない。当たり前だ、今は夏だ。何故マリーがそんな嘘をついたのか、僕は知らない。尋ねようにも、もうマリーはいない。塔の子どもが一人減った。

 僕はここで十年以上、正直に生きている。僕のように何十年も嘘をつかずに生き残っている者は、そう多くはない。マリーはその一人だった。

 マリーとはそれほど仲良くはなかったけれど、何十年もこの塔の中に一緒にいるんだ。何度か話して遊んだことくらいはある。そばかすの目立つ白い肌した女の子だった。曇り硝子を通して見た空のように、ややくすんだ青い目をしていた。

 マリーは雪が好きだったのだろうか。ふとそう思い、真夏の空を見上げる。

 

 昨日のことだ。セッドが嘘をついた。明日は雪が降ると言った。今日、雪なんて一片も降らない。当たり前だ、まだ秋だ。セッドもまたマリーと同じく、雪が降ると言って死んでいった。セッドはまだ塔に来たばかりで、マリーのことは知らなかった。それなのに、同じことを言って死んでしまった。何故、雪が降るなんて嘘をつくのだろう? わからない。僕にはさっぱりわからない。

 そもそも、どうして嘘をつく? 嘘なんてついても何もいいことはないのに、何故嘘をつく。この塔の中、嘘なんて欠片も必要ない。嘘をついてまで、マリーもセッドも、どこへ行こうと思ったのだろう。

 

 昨日、僕は久々に塔の屋上へ出てみた。遠く、嘘つきの大人達が住む地べたに向かって、手紙を下ろす。――母へ。元気ですか。僕は元気です。しばらくすると新たな手紙が戻ってきて、母の弱々しい字で、――×××へ。私も元気ですよ。風邪など引かぬように。そう書かれている。ほら、大人は嘘ばっか。僕は知っている。母は病気だ。胸をヒューヒュー鳴らしていて、気付かないとでも思っているのか。僕はまた塔の中へ戻った。

 それから数日後、また手紙を下ろす。返事が来るまで大分かかった。手紙にはいつもの母の文字でなく、もっと角ばって神経質なそれが並ぶ。――×××、お前の母はもういません。この手紙もまた嘘を書いている。僕はそれを破り捨てた。

 その夜のことだ。月が大きく輝いている。星が瞬いている。その輝きが一つ、僕の手の中に落っこちた。さらさらと砂になって手の平から零れて、床に積もる。僕は思った。それを見て、いつぞやのマリーとセッドのように、思った。

 ……ああ、雪が降る。降らせなければ。

 僕は次の日、塔から落ちて死んだ。嘘をついたからだ。空から雪は、降らなかった。

 

 嘘をつくと死ぬのだという。誰が? 何が? ――塔から落ちて、僕は本当に死んでしまった? ――嘘つきの塔では嘘をついてはいけない、本当に?

 

 

 

 ……嘘つきの塔で、嘘をつかないで生きていけるのは、まだ本当に子どものうちだけ。高いところから見渡して見えるものを、見えないと言い張れるのは、子どもだけ。

 嘘を嘘とも疑わない、本当は誰より嘘つきだらけの、嘘つきの塔。



マリーは金盞花、セッドは杉から。
花言葉は、金盞花「困難・別れの苦しみ」、杉「絶望・叫び・死」。


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