黒い大剣



 なんてひどいやつなんだろう。

 一人で生きろだなんて。

  たがえないと言ったのに。そう、約束したのに。

 一緒にいると、約束したのに。

 

 真っ赤に染まる空が、地が、戦いの終わりを示していた。

 ――そう、終わる。長きにわたる戦いに、ついに『勝利』と『敗北』という終わりがくるのだ。

 私は、どうだろう? 最中、激戦地から離れたところで一人、血しぶきが舞う様子を愕然と眺めて。あいつの背を直接守ることもできずに。

 これは、勝利であろうか? 我が国は勝った。だが、これは、私にとっての勝利だろうか。

 

 ――眼前に突き刺さる、大剣。元より黒い刀身に赤黒く、夕焼けに染まってなお紅く、今なお滴るかのような血の跡。柄までも赤く染まったその剣。

 ああ、彼は死んだのだ。この剣だけを、私に残して。

 ――戦いの最後、この場は炎に覆われた。真っ白な炎だ。鉄も、骨も、地面すら溶かす、浄化の炎に。

 そのとき、彼はすでに死んでいたのだ。炎では燃えない、この剣のみを残して、ここにいたのだと、自分の痕跡のみを残して、彼は燃えたのだ。

 なんて、ひどいのだろう。残酷に、私だけを残して、消えるなんて。

 刀身に彫られた文字は、私にあてて。彼は、死ぬことを覚悟していたのかもしれない。

――耐えがたい苦痛と、底無しの絶望にさいなまれるように、これは一種の呪いですらある。

 

『生きろ』

 

 ――ああ、なんて残酷なんだろう? 一人で生きてゆけと。あいつを失った私に、苦痛も、絶望も全て呑み込んで、耐えて、耐えて、それでも生きろと。たった、一言。

 それで、私は死ねなくなる。『生きろ』と言われて、死ねなくなる。

 本当ならば、あとを追ってしまいたいのに。

 それでも、耐えて、耐えて、いつか乗り越えて、――生きろと。苦痛にも絶望にも負けずに、生きてくれと。

 あいつは、そう懇願した。死ぬときに。自分が死ぬときに。

 優しすぎるよ、と文句を言ってやりたい。でも、言えない。あいつは死んだ。文句に返る言葉は、もうない。

  でも、いつか言えるかな? 文句も、『ありがとう』も、全て、乗り越えたあとに。




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