雨乞いの巫女



 ――雨が降る。

 静かに、穏やかに、願いは天に届く。

 ――雨を乞うは、雨乞いの巫女。祈りと共に、その涙を流す。

 

 

 雨とは、なんて尊いものだろう?

 なんて素晴らしい自然なんだろう。

 雨が降れば、作物が育ち、土地が潤い、人間の心さえが何かで満たされたかのように、温かくなる。雨が降らないとき、人々は乾燥しきって、地べたにはいつくばっているのだと思う。だから・・・。

 けれど、俺は雨が嫌いだ。

 雨は、命だから。

 

 自分の命をかけてまで雨を降らす、雨乞いの巫女。

 小さい頃から彼女は巫女として生きた。里のため、人々のため。自分の身など、犠牲にして。ただ、そのためだけに。

 心の優しい少女だった。――そう、少女。まだ、年端もいかぬ、幼いとすら言える、少女。恋すらしなかった。できなかった。

 雨乞いの巫女。彼女には、名前すらなかった。巫女。それが名前であり、彼女の存在全てだった。雨を呼ぶ巫女。すなわち、雨乞いの巫女。それが彼女の生きた意味・・・。

 

 

「あのね、私は一つだけ、叶えたい願いがあるの」

 

 屈託なく笑った少女は、俺の幼馴染であり、そして――初恋の主だった。

 

「真っ青に晴れた日に、花畑に行きたいの。そこで花を摘んで、踊るの」

 

 真っ白な花よ・・・と少女は言った。

 

 少女は、常に雨を呼び続けた。

 雨が降る音、暗い空、ぬかるんだ土。それが、彼女の知る外の世界。

 

「それで、あなたと一緒に笑うのよ」

 

 少女は俺と向かい合いながら、その夢に向けて無邪気に笑っていた。俺は、笑えなかった。少女のことを考えて、その生のむごさに、心が締めつけられて。

 

 少女は、どんどん寝込むようになっていった。

 それでも、少女は祈り続けて。自分の命を使って、雨を呼び続けて。

 

 雨はまるで、生命のようだった・・・。

 

 

 少女の夢は、結局叶わなかった。ただの一度も晴れの日に遊べず、花畑に行って花を摘んで踊ることも出来ず、俺と一緒に、笑って駆けることも出来なかった・・・。

 

 

 今、雨が降っている。

 雨は、嫌いだ。

 少女はもう、いないから。

 

 少女は雨を呼んで、呼び続けて、生命を削って降らして、俺たちを優しく包んだ。

 ただ雨のために、生きた少女。

 その笑顔は、優しかった。




小説目次へ