降る雪 −木崎光良−
空から落ちるように雪が降り出した。 光良はそれを見て、皮肉げな笑みを・・・なぜかそう見えてしまう微笑を浮かべる。 三月も終わり近い。ほとんど水のようなぼた雪は、もしかしたら、今年最後の雪になるかもしれない。普段なら、面倒だくらいにしか思わないのだが、今日はなんだか気分がいい。綺麗でもない雪がやけに新鮮に感じる。 ぼた雪は積もらないが、降りは強い。アスファルトの色が瞬く間に濃くなって、ほぼ水の雪が道路に広がっていく。ぱしゃり、ざらついた水をスニーカーが跳ね上げる。雪はすぐ茶色みを帯びて汚くなったが、それでもまだ、見ていて飽きない。 傘もささず堂々と道を行く光良は、どう見えただろう。寒そうか、おかしいか。だが、元来そんなことを気にするタチではないし、持っていないのだからしょうがない。 やけにのんびり歩いた気がする。光良は頭から足先まで均等にぬれそぼって一つの店の前に着く。隠れ家的な、小さく静かな喫茶店だ。古めかしい木戸を押すと、からんとドアベルが明るく鳴き、光良を迎え入れる。 「遅いっ! ・・・って、何ぬれてんだよ、お前。傘は?」 「ない」 「家出る時まだ雪降ってなかったのか?」 「降ってたけど、別にぬれてもいーし」 バカかお前、と呆れ返った礼緒の横で、響夜が苦笑を浮かべる。 「多分、そんなことじゃないかと思って・・・これ、使ってよ、光良さん」 席から半ば立ち上がるようにして響夜から光良に差し出されたのは、なんの変哲もないビニール傘。僕は折りたたみあるから、と笑う。おせっかいきかせてコンビニで買ったんだろどうせ、と思いはしても、素直にありがと、と礼を言って受け取る。 ――卒業式が終わり、彼らは中学を去った。進む先は、皆違う。今日会って、また会えるのはいつになるのか。それはわからない。すぐかもしれないし、一年後かもしれない。もっともっと後、彼らがオトナになってからかもしれない。 大事な、人達。いまや、レオとヒビヤは、光良のとても大切な存在だ。遠慮なくなんでも語れるし、それだけに彼らに言えないこともある。 そんな関係はきっと、これから一生変わらない。 「・・・何ニヤけてんだよ」 どうも、笑っていたらしい。特別なことは何もない、たわいない話の合間に、礼緒が訝しげに聞く。別に、とそっけない口調の中にも、光良はどこか優しさを含ませて。 窓の外、ぼた雪は雨に変わっていた。昨年のホワイトクリスマスとの違いを思う。全く違った。けれど、変わらない温かさが心の底から湧いてきて、冷たいだろう雨でさえ、優しく見える。 ・・・雪が、好きになった。冷たい心に差すような傘は、誰かが必ず差し伸べてくれると、信じるようになった時から。
ネタバレですが、バレても困らない。
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