一話 エリオとエスクード
ズラーっと、延々続くような長い一直線上に余すところなく市が立っている。売り物は様々で、食物もあれば雑貨もあり、何やらよくわからない物体が動き回る店もある。だがよく見れば、売り子が皆同じ格好をしていることに気付くだろう。この市は全て、大元が一緒なのである。 ――学園。売り子は全て、そこの生徒達だ。 初代校長マーチ氏は一つの理念の下、学園をうちたてた。いわく、“創れ”。 創ることで知る。創ることで動く。創ることで生きていく。まずは、創れ。マーチ氏の理念は今も全く褪せることなく、学園の根本を支えている。 創るものに制約はなく、生徒達は自分の思うまま自由に創り、三年次からは創ったものを売ることも出来る。市は毎日立ち、たいていの生徒達はすすんでそこで売っている。 「お嬢さん方。美容薬、見ていきませんか?」 人当たりのする笑みを浮かべて(あくまで営業用)少女達を招く彼もまた、この市では常連の生徒だ。 薬学部薬草科三年、エリオ。日の光に色を変える蒼黒の髪は腰元まで無造作に伸びて焦げ茶のリボンでくくられ、紅茶色の瞳は縁なし眼鏡の向こうで微笑む。学者のような面持ちをした彼が笑えば少女達の足を止めさせることくらい容易い。売っているものがさらに相乗効果。自分が綺麗になることに対して、年頃の娘達はかくも聡い。 「薄紅色の髪をしたお嬢さん、かわいそうに、手が荒れてしまっている。赤髪のお嬢さんは、にきびが出来てしまってますね。お二人さん、まずは試すだけでも。何日か使ってもらって、いいと感じたら買っていただければ。どうです? お時間は取らせませんよ」 お使いの途中なのだろう、手に籠を持って迷うそぶりを見せる少女達。しかしエリオには、策がすでに成功していることがわかっていた。もう一声二声かければ落とせるだろうということ。エリオ自身は自分の顔に興味を持っていないが、柔らかく笑いかければ女性は頬を染める。売るためには何でも使う、これぞ商人の心得。 「ほら、おいでなさい。これが手につけるクリームで、こっちはにきびを治す塗り薬。一番小さなもので悪いけれど、私も商売なので、ね? いいと思ったら、今度買いに来てください。私はほぼ毎日ここに店を出していますから」 迷っていた少女達は、現物を差し出されておずおずとそれを受け取り、ありがとうございます、と微笑む。エリオは笑い、お使い頑張って、と二人を送り出す。よし、新たな客ゲットっ! と心の中でぐっと拳を握りつつ。 そして猫かぶったエリオのその姿を、呆れて見つめる者がいた。 「・・・最っ低だなお前。美貌でたぶらかして商品購入〜、かよ。実力で売れよ、実力で」 明るい茶色の髪をした隣店の生徒、鉱石学部装飾科のエスクードから嫌悪を込めた口調で言われ、エリオは途端営業口調を切り替えた。 「失礼だな。俺は実力で売ってるさ。ただ、使えるものはなんでも使うってだけだ」 その突き放したような態度と、先程とは打って変わって冷たさを宿す瞳に逆撫でされて、エスクードは新緑のごとき緑の瞳を不快げに細める。 「それが最低だってんだよ。思慮とか分別ってもんを知らないのか、お前」 「それ、食べられる? 買える? はっ! くだらない。俺だって不利な条件で売るわけじゃない、むしろ客に得なくらいさ。エスクード、自分の商才のなさを俺に当たってくれるなよ」 ぴき、と何やら音が聞こえた・・・気がした。エリオ、エスクードの周囲に店を出している者達は、ああまたかと頭を抱える。そしてばさりと布を取り出し、自分らの商品に覆いをかけた。 がしゃんっ!と激しい物音とともに、エスクードがエリオにつかみかかる。ちなみに物音はその際下に落ちた双店の売り物から発せられたものだ。丈夫なものは平気であろうが、売り物にならないものも出ただろう。 「ふっっざけんなテメぇ!! 今なんつった、あぁ?!」 「商才ない、って言ったんだよ、このアホ! 一日待ってて客の一人も入らない日があるくせに! 創ったものがもったいないだろっ!」 「俺の創ったもんにケチつけんのか、あぁ?!」 「ものにケチなんてつけてないだろ!! お前にケチをつけてるんだよ、エスクード!」 ああ始まった、と誰かが呟いた。しかし誰も止めようとはしない。 エリオの言うことは事実で、エスクードはその外見や無骨な指から創造もつかないような繊細で美しい装飾品を創り出すのに、さっぱり売れていないのだ。 薬学部のエリオと鉱物学部のエスクードは、一年次から同じクラスで出席番号が続き順、なのに反りが合わないのか喧嘩ばかりしていることで有名だ。しかも彼ら、寮の部屋まで一緒である。好きな者で部屋割りを組める仕組みになっているのに、だ。最もそこには、残りもの同士という理由があるが。・・・誰も変人と好んで付き合いたくはないということ。 はあ、とため息をついたある生徒のかたわらでは、別の生徒が集まった野次馬達から喧嘩見物料をとっている。大事な商売を邪魔される代わりに、彼らはこの金で酒を買うのだ。そして愚痴りながら、飲む。――ほぼ毎日。 「で、キミらまたケンカしたんだってぇ?」 くすくすと楽しそうに笑いながら尋ねる声に、エスクードはふんと鼻を鳴らした。 「気に食わないんだよ、あいつ。顔でモノ売ってさ。中身で売れってんだよ、中身で」 でもー、エリーの創るモノって元々薬だから、試させるために美貌でおびき寄せてもいいんじゃないの? と続いた質問に、断固エスクードは否定する。 「顔で売るなんざ、絶対認められないぜ」 まあ、考え方は人それぞれだよね、と声はくすくす笑いをし続ける。 今は夜。ここは学園の寮――エリオとエスクードが使っている部屋である。 「でも、エリーは実力伴ってるからね。キミも大変だぁ」 くすくす、と笑いは止まない。 この部屋には、ベッドが四つある。一つはエリオ、一つはエスクード。そしてもう一つは、彼らよりも半月ほど遅れてこの部屋に寝泊りするようになった者が使っている。ちなみにもう一つは空である。 明かりに透けると白に見えるほど細くて淡い金の髪と、深い蒼色をした瞳。猫を思わせるような態度と雰囲気をした彼は、食品学部野生動物科のクラウン。エリオ、エスクード、クラウンは三年生で同じクラスの生徒達。この三人、クラスでも他の追随を許さない変わり者の集まりだ。 エリオは成績優秀で真面目、だが猫かぶりがひどく口も悪い。 エスクードは腕はいいが商才がなく、また喧嘩っ早い。 クラウンは掴みどころがなく、考え方が色々とズレている。 一人でも強烈だが、三人集まればなんとやら、さわらぬ神にたたりなし。エリオとエスクードが知り合ったのは出席番号順だが、クラウンは自ら二人の間に割っていったあたり、一番の変わり者かもしれない。エリオとエスクードをあだ名で呼べるのも、今のところ彼一人だ。 そんなクラウンが口を開く。 「エス。明日狩りに行こうと思うんだ。一緒に来ない?」 うーと少し考えてから、エスクードは頷く。 「ちょうど材料が足らなくなってたしな。それに・・・紫の金剛石探してるんだ。お前のことだ、行くのどうせ十三の森だろ? あるかもしれないしな、あそこなら」 危険だけど、と小さく呟くが、危険を恐れていては創ることなど出来ない。安穏に創れるものなどないのだと、必要なもの欲しいものは自ら手に入れなければならないのだと、エスクードは知っている。創るとは、それほど甘くはない。 んー、十の森くらいでもいいけど、まあいっか、とクラウンは笑う。危険など気にもせず数字を上げていける彼のことを、エスクードはちょっとだけうらやましく思った。食品学部野生動物科の名は伊達ではない。 森には零から十三までの番号が振られている。学園からの遠さや森の規模も多少は関係するが、数字が示すのは主に危険度。数字が高いほどに、獣は増え、大きくなり、凶暴化する。けれどそれだけ未踏の地であって、手に入るものもレアになっていく。紫の金剛石は十の森辺りにないこともないが、透明度や大きさの点で期待出来ない。より良いもののためにさらなる努力を。学園の生徒達はそれを怠らない。 「じゃ、寝るか。明日は早く起きないとな」 「起こしてね、エス」 バカ自分で起きろと即答して、エスクードは目を閉じた。 夜。エリオはまだ部屋に帰っていない。 十三の森は、朝もやに木々の陰を浮かばせている。 “此処は十三の森 最危険度也 自信の無い者は立ち入るべからず” 赤字ででかでかとそう記された入り口を立ち止まることもなく通り過ぎ、クラウンは森に入る手前でふ、と足を止めた。 「・・・アレ、エリー?」 前方のもやが見知った人の形をとっている。声をかけると、それは振り向く。長い髪が跳ねる。手に棍を携えたそれは、やはりエリオだった。 「クラウン。狩りか?」 「うん、そー。エリーは?」 「必要なものがあるんだ。ここじゃないとなさそうなんでな」 「エリオ? お前なんでいる?」 そこで遅れて追いついてきたエスクードが、不機嫌そうに尋ねた。エリオの目が急に据わる。 「いたのか。別に俺がどこにいようと勝手だろ」 そうして踵を返し、もやに白む森へ姿を消していく。その背にクラウンは聞く。 「エリー。ボク一緒に行こうか? この森で武器が棍じゃ、キツいよ?」 返事は返らなかった。エスクードが吐き捨てるように呟く。 「・・・弱虫が」 危険を承知で剣を使うことを拒むエリオが、エスクードには博愛主義者にすら見える。 「うーん・・・まあ、それも人それぞれ、だよね」 殺したくないっていうの、エリーは薬学部の志望だしなんとなくわかるかな、と思ってはいても口には出さず。エスクードにその理屈は通じない。それは何度も証明済み。 「もうちょっと奥行こう。ボクもいい獲物が欲しいもの」 わかるとは言っても、クラウンは狩りをする側である。必要ならば、獲物を殺すことを厭わない。その姿勢が変わることはない。 「じゃ、頑張ろっかー」 二人とも手には投げナイフ。ある程度まで共に歩いて、それからは別行動。狙う獲物は個々それぞれ。クラウンは極上の食材を。エスクードは上質な鉱石を。 しばらく歩いてエスクードは崖に行き当たった。あまりに突然だったものだから、一瞬足を滑らせかけた。 「危ねー・・・」 恐る恐る崖下をのぞく。さほど深いものではなく、少しほっ。だがエスクードは、恐怖や安心以外の何かを見出した。 「あれ・・・あの輝き。あれ、金剛石かっ!」 あいにく、色まではわからない。だがそれは間違いなく金剛石の輝きで、しかも、でかい。エスクードは下りられそうな場所を探すが、どうも良さげなルートがない。悩んで、はっと思い出す。リュックにロープを入れていた。それを手近な木にくくりつけ、エスクードは崖下に下り立った。 「おお! これは・・・!!」 それは極上の金剛石。しかも探していた紫色だ。すぐさま手にとる。大きめの小石ほどもある。滅多にない上物だ、とエスクードは胸躍らせる。 石を大切にリュックにつめ、ロープを上る。また来るかもしれないので、そのまま垂れ下がらせておいた。 太陽が真上より少し傾いた頃森の入り口まで戻れば、すでにクラウンが待っていた。脇にはクラウンの身長より大きなサーベルタイガーの死体。喜色満面な様子を見るに、上等な獲物らしい。 「どう、エス。見つかった?」 「ああ! すっげーのが見つかったぜっ!」 けれど喜んでいるのはエスクードも同じ。さらに良いことに、彼は獰猛な獣に遭わなかったので、体力的にもまだまだ余裕だ。 目的を達成したら、後は帰るのみ。彼らは意気揚々と帰路を急ぐ。 学園に帰るとすぐ、二人は獲物に取り掛かった。細工にしても料理にしても、それは夜遅くまでかかってしまった。 部屋の前で出会ったエスクードとクラウンの二人は、ともに満足そうに微笑みを浮かべていた。そして一緒に部屋に入り、中を見て、あ、と思い至った。 「・・・エス。エリー、ちゃんと帰ってきたかな。ヤバイ、ボク忘れてた」 「・・・いや、平気だろ?」 「だって、いないよ」 「あいつがこの時間までいないのは、いつものことじゃねぇか」 それはそうだけど・・・と言いつつ、不安は晴れない。 何しろ、エリオが扱う武器は棍なのだ。剣とは違って致命傷を与えるのは非常に難しく、何よりエリオ自身そんなに体力がない。彼は基本、インドア派だ。 「・・・何してるんだ?」 不安にかられてエリオを探して何千里しようかと画策しはじめていたクラウンは、背後から声をかけられ、聞きなれたそれに、ほっと肩の力を抜いた。 「よかった〜!! ゴメン、エリー! ボク、エリーのこと忘れて置いてっちゃった!」 「いや、それはいいが。別に一緒に来たわけじゃなかったし」 ちっ生きてたか、と元気そうなエリオを見たエスクードは小さく呟く。エリオはそれを聞き逃さず、皮肉いっぱいの笑みを浮かべた。 「お前がロープを回収してたら、今頃ここにいないかもしれないな」 うん? とエスクードは怪訝そうな表情となる。エリオは笑みをそのままに、 「崖から落ちたんだ。足をひねって自力じゃ上れそうもなかったけど、ロープがあったからな」 よかったな、お前は俺の命の恩人だぜ? と言いきる。エスクードは怪訝な顔を呆れへ変えながら、バカかお前とエリオの頭を殴る。 「ちょ・・・何するんだっ! バカになったらどうしてくれる!!」 「バカだろ、元から! もういいっ、俺は寝る!! 足ちゃんと治療しとけよっ!」 何か言い募ろうとしていたエリオは、エスクードの言葉に虚をつかれて目を丸くする。エスクードはそのままベッドにもぐりこむと、いくらも経たないうちに寝息をかいていた。 「はー・・・素直じゃないなぁ。安心したならそうだって、言えばいいのに」 ね、エリー? と笑いかけられたエリオは、困惑した表情でクラウンを見つめる。 クラウンは、ボクも寝よ〜とあくびを一つ、ベッドにもぐりこんだ。 「エリー、キミも寝なよ。ひねったところ、明日ボクが見てあげるから、先に部屋出てっちゃダメだからね」 え、と口をついた言葉はすでに届いていない。クラウンもまた、すぐに寝た。 エリオはしばらく立ちすくんだ後、皮肉笑いをくつろいだ微笑に変え、自身もベッドに横になると、あっという間に眠りに落ちていった。 次の日、エリオはまた市に立つ。怪我をしている様子はみじんも見せない。 「あ、あの・・・」 そこに訪ねてきたのは、小さな少女。手にぎゅっと握りしめていた硬貨を差し出して、もう一度、あの、と声を出す。エリオは優しく微笑んで硬貨を受け取り、代わりにその小さな手の平に瓶と飴玉を落とした。 「この瓶の中身をね、夕飯にスプーン一杯分混ぜて、お母さんに出しておあげ。お母さんの肺も、すぐに良くなるよ。効果は保証付き。それと、この飴は・・・君へのお駄賃」 甘いよ、とエリオは笑いかける。少女は泣きそうな顔でエリオを見上げた。視線の高さを合わせて、 「こういう時、お兄さんになんて言ってくれる? もちろん、笑って、ね」 少女はぐ、と泣くのを堪えた。そして、ぱっと笑って、 「ありがとうっ!」 たたた、と駆け去って行った。 「・・・昨日森にいたの、あの子のためか?」 横で見ていたエスクードが尋ねる。 「母親が肺を患ったらしいよ。助けて、って泣きつかれちゃ、ねえ・・・」 珍しく憎まれ口ではない口調で、少女が去っていった方向を見たまま答える。 エスクードは、その背をじっと見つめる。ふと、エリオが振り返った。 「エスクード。これやるよ」 投げ渡されたものを反射的にキャッチ。エスクードは手の平を開き・・・驚いて目を見開いた。昨日見つけたものと同じほどの大きさをした、上質な黄色の金剛石。 「お前、これ・・・」 「金剛石、とは違うか? お前が紫のものを見つけた場所の近くにな、落ちてたんだ」 む?とエスクードは眉根を寄せる。なんだかおかしな内容だった気が・・・。 「・・・エリオ」 「何だよ。改まって」 エリオは自分の失言に気付いていない。エスクードは苦々しげに聞く。 「お前、崖を落ちたと言ったな。俺に声をかければ届くくらいの距離にいたんだろう」 あ、とエリオが呟く。いたんだな、と後押しすれば、ため息をつきつつ、エリオは頷く。 「・・・いたよ、すぐ近くに」 「なんで呼ばなかった?」 エリオは崖を落ちた。そして足をひねっていた。いくら仲が悪かろうと、怪我人を放っておく趣味はない。しかもそれが知り合いならば、余計に。エスクードは、怒っていた。 「・・・すぐにでも細工したかっただろ。そんな顔してた。邪魔するのは悪い」 思いもかけず殊勝な言葉に、唖然とする。思わず言う。 「何か悪いものでも食ったか」 「ふざけんな」 同時にがらりとエリオの口調が変わる――すなわち、通常エスクードに対するように。 エスクードはそこでかちんときたか、ぷいと顔を逸らし、大きな声で客寄せを始める。エリオは隣店で声を張り上げる彼を見ながら・・・小さく呟いた。 「・・・俺は、お前を買ってるんだよ」 エスクードの創るものを、美しいと思った。――きらりと光を感じたのだ。 きっと彼も自分と同じなのだ。貫く信念があるのだと、そう思った。 だからエリオは、彼を買っている。いつか必ず、彼が輝く日が来るのだと。その道を少しでも妨げたくないと、エリオは思うのだ。 「おいっ! お前もちゃんと売れ!」 ぼおっと考え込んでいたら、エスクードの叱責がとんできた。なんとなく言い返す気が起きなくて、代わりにエスクードに負けじと大きな声を張り上げたら、彼はぎょっとした。なんとなく、勝ったような気分になったエリオであった。
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