一章 “変化の風” 1
家族はいるけど、仲は悪い。 友達はいるけど、表面上。 毎日が楽しいけど、実は空虚。 生きていたいけど、死んでもいいのかもしれない。 それが俺――木崎光良。 例えるなら、死んだ魚。手負いの獣。枯れた花瓶の花。 誰にも心はひらかない。誰にも本音は見せない。誰にも文句は言わせない。 たとえ、怒られようとも。殴られようとも。殺されようとも。 それが、俺だから。 変化の風は、常に吹いていた。ただ、気付かないふりをしていただけ。気付きたく、なかったから。 「・・・と格好つけてみても、この変化は、やっぱり異常だと思う」 呟いたところで、どうしようもない。別に何も変わらない。 そこは、森の中だった。そして少年のさきほどの言葉は、もうすでに両手の指の数を越えている。 別に、少年は道に迷ったのではなく。遭難したわけでもなく。だからといって、理由があってここにいるわけでももちろんなく。――気付いたときには、もうここにいた。 「どこだよ、ここ。本当にもう・・・やんなっちまう」 悪態をつこうが弱音を吐こうがもちろん変わるわけでなく、なんだかむなしくなるばかり。ここは森の中だし、他には誰もいないし。いるものといえば、鳥くらいか?いや、獣もいるかもしれないが、嬉しいことにまだ遭遇せずにすんでいる。 「気付いたら森の中だし・・・第一、ここ日本か? なんでこんなとこいるんだろうな?」 この一言でわかる通り、少年は、気付いたらここにいたのである。 「てか、なんで気絶してたんだ? 俺、貧血持ちじゃなかったと思うんだが」 それも一つ。 「それに俺、街の中歩いてたし。もし誘拐されてなんとやら、だったら周りの人とかが助けてくれると思うんだけどな・・・。いや、最近物騒だし、見て見ぬふりかもな」 まあ確かに、それも一つ。 「いっそ夢オチとか? でも俺、森に行きたい願望なんてないと思ったけど。あ、じゃあよくありがちなファンタジーみたいに、「世界を救ってください」とかって別世界に呼ばれてみたとか?」 ・・・いや、それはないだろう。 この少年、表面上落ち着いているようにみえるが実のところかなり混乱しているようだ。 「しっかも、歩いても歩いても森。進めど進めど森ばかり、ってか。はあ、気が滅入るなぁ・・・。人家でもなんでもいいから、なんかあればいいのに」 しかし、獣に会うのはイヤだな・・・と心の中で付け足しておく。 少年の現在の全持ち物。財布(小銭ばかり)、タオル、五百ミリリットルのペットボトル(水)とそれらを入れた小さな鞄。ちなみに定期も持っている。 そして、その手に木の枝を一本持っている。少年はそれで足元の草むらを探る。万が一蛇でもいたら危険なので。かと思えば、しばらく歩いては、それを立てて、倒して、倒れた方向に向かって歩き出す。――ようするに、運任せ。どうせこの森の中だ。真っ直ぐに歩いているつもりでも、少しずつ逸れているに違いない、とふんだからだ。 「夜になったら、どうするかな・・・。とりあえず焚き木集めて、野宿するしかねぇよな、やっぱ。――納得いかねぇなあ、なんでこんなとこいるんだろう」 夜が近付いているのは、木々の間から見える空の色でよくわかる。その空は徐々に赤みを帯びてきていた。――夜が近付く。すなわち、危険も近付くのだ。
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