〈風〉 エピローグ
――俺達は、大人になる。 シンパスに、娘ができた。母親と同じ茶色い目をした、目のぱっちりした女の子だ。カーヤトッニとアイシークの娘は、今年で二歳になる。母親によく似て腕白で、アイシークが苦労している。ランドールにもいいひとがいるそうだが、多分またフラれるのではないかと思う。ランドールは女運がない。 父親になったシンパスは、優しい目をしていた。シンパスはきっと、いや絶対、いい父親になる。そして、カーヤトッニとアイシーク、シンパス、大事な幼馴染達からやや出遅れたけれど、 「これからも、よろしく」 「こちらこそ、旦那さん」 ・・・シルフィラもまた、夫となった。 目のくりっとした、背が小さく小柄な、でも肝っ玉の据わった奥さん。・・・腰に敷かれそうだけど、それでも仕方ない。この子がいいと、思った。そして彼女も、俺を選んでくれた。 そうして、シルフィラもまた、何年後かには、父になるだろう。娘か息子か知らないが、子どもができて、慈しんで、老いて、いつか死んでいく。命はそうやって回っている。子は大人となり親になる。その循環の中で、シルフィラも生きている。 「あら、折角の初めての夜なのに、何考えてるの?」 私だけを見ててよ、と頬を包み込む柔らかい手に、シルフィラは己の手を重ね、微笑む。 「ごめん、ちゃんと見てるよ」 光の加減によってはやや赤みがかって見えるその目に、シルフィラの姿が映りこんでいる。相変わらず細いが、ややがっしりした体つき。髪はばっさり短く切って、もう、女の子には見えない。 「そうよ、見てて。・・・何考えてたの?」 尋ねてくる奥さんの、滑らかな髪を手ですくう。くすりと笑う。 「ちょっとね・・・昔のことを、思いだしたんだ」 運命、とそう思っている友。あの少年に出会ってから、シルフィラは劇的に変化の道をたどった。元気でいるだろうか・・・元気に決まっている。十年経っても変わりなく、馬鹿だ馬鹿だとヒトを罵っているに違いない。 その光景が目に浮かんでふふっと笑えば、奥さんは頬をふくらませる。 「ひどいわね。私を目の前にしておいて、他のヒトのことを考えるなんて」 むくれてそっぽを向く愛しい彼女を、笑ったまま背後から抱きしめる。 「何、妬いてくれるんだ?」 可愛いなと、そう思う。腕の中にすっぽり収まってしまう体。この小さくふわふわしたものが、子どもを生む存在だなんて、本当に信じられない。 妬くに決まってるでしょう、と言う奥さんに、シルフィラは囁きかける。 「ねえ、聞いてくれる? 俺が昔会った、大切なヒトの話」 奥さんはむうっとした顔で振り返り、話してごらんなさいよ、と挑戦的に睨む。多分、その話題の主は女だと勘違いしている。本当に、可愛い。・・・会えて、よかった。うん話すよと頷いて、言う。 「俺は昔・・・運命と出会ったんだ。それはね、嘘と幻で、できていたんだよ」 そう言ってシルフィラは、そっと目を閉じた。
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