宰相の弟子

グレフィアス歴647年   7





 白の祭典に、花祭りのような派手さはない。人々はこの祭典の間、食べて飲んで親しい人と親睦を深めるために話をして過ごすことが多い。

 ラドアリア家の兄妹四人は、この日祭典に繰り出して、屋台で適当なものを買って飲み、語らっていた。中央広場の噴水前では音楽隊が軽快な曲を弾き、人々が思い思いに踊っている。それを見ながらのことだ。

「・・・はあ? 何だそれ、妙な度胸があるやつだな」

「そうですよね」

「その度胸があるんなら、女装して侍女にならなくても、面接の時にはっきりそう言ってやればよかったことじゃないか」

「本当に。結構ぼけてるんですよ、ジィザは」

「若いのにな?」

「ええ、全く」

 笑い合って盛り上がるフィリウスとグレイル。今の話題はシィザについて。そして弟妹を温かい目で見る兄二人。

 そんな彼ら四人は、結構周囲から注目されている。レガートとフィリウスは特にだが、サジタスとグレイルにも華がある。容姿だけでなく、まとう空気や仕草の一つ一つ、言葉や声色などの全てが、その華を形作るのだ。そこにいるだけで目を引く集団、とでも言えばいいだろう。そんなだから当然、声をかけたり踊りに誘ったりという者も出てくるわけで。

 兄弟は全員、その誘いのことごとくをやんわりと断っていた。けれど、屋台の店主が好意で差し入れてくれたジュースだけは、受け取った。透明に近い桃色のジュースで、いい香りのする蜜を水で割ったものだ。ほんのり甘くて、ほっとする。

「あ、それでですね・・・」

 フィリウスとグレイルの他愛もない会話は、そうして続く。

 

 

 どうしてかはわからない。ただ、何だか気持ちよくなってきて、視界と体がふわふわして、暑くなってきた。

 グレイルが何か言っている。その横から声をかけ、手を伸ばしてくる男。踊りませんか、と口の動きがそう言っている。ああ、それもいいなと、フィリウスはその手を取る。グレイルが驚いた顔で何か言っている。きっと、やめろとか言っているのだろう。・・・でも、今は踊りたい気分なのだ。

 

 フィリウスが誰とも知れぬ誘いの手をとった。

 それに呆気にとられ、口をポカンと開け固まるグレイル。その横で目を丸くするレガートとサジタス。

「な・・・何だ?」

 助けを求めるように目を向けてくるグレイルに、レガートとサジタスは顔を見合わせて、

「よくわからないけれど・・・グレイル、とりあえず、座れ」

 半分立ち上がった状態だったグレイルを落ち着かせる。グレイルはレガートに言われるがまま腰を下ろし、大きく息をついて、やや冷静さを取り戻す。

「兄さん・・・あれ、いきなりどうしたんだ?」

 あれ呼ばわりされたフィリウスは、現在楽しそうに踊りの輪に混じっている。

「さあ・・・何があったんだい?」

 問うたのに問い返されたグレイルは渋面を作り、

「何もなかった、はずだ。普通に俺と話してただけで。途中から何だか応対がおかしかったかもしれないけど・・・」

「途中・・・いつからだ? おかしかったとは、どんな風に?」

 レガートの問いにグレイルは、飲み物をもらった後から、ぼーっとしだし返事が少し遅れたりした、と答える。そして首を傾げ気味に、そういえば目が据わってたかも、と付け足す。

「・・・眠かったのだろうか?」

「・・・眠いからって、あんな行動、するか?」

 もう一度視線をやれば、上気した頬で微笑みを振りまいて、下心のある男どもをメロメロにしているフィリウス。その中の一人の手がフィリウスの尻をさすり、さらに胸元に手を伸ばすのを見て、グレイルは慌てて立ち上がり義妹の下へ駆けていく。そんなグレイルの後ろ姿を目で追いながら、レガートはもう一人の弟へ話しかける。

「サジタス・・・何かわかるか?」

 サジタスは口を結び、視線を机の上に落としている。その右手は机の端をノックするように規則正しいリズムで叩いている。何かを考え込んでいる時の癖だ。しばらく待つ。

「・・・飲み物をもらった、後」

 考えがまとまったサジタスはグレイルの言葉の一部を復唱し、それからレガートを見やる。

「兄さん。この飲み物、酒精は含まれていませんね?」

 レガートは確かめとして一口淡桃色のジュースに口をつけ、ああと首を縦に振る。

「・・・一つ、可能性があるんです。ちょっと訊いてきます」

 それを聞いたサジタスは立ち上がりジュースを差し入れてくれた屋台の主人のところへ行くと、二三言何か話し、すぐに戻る。そして第一声、

「マグナリアです」

 そう断定した。

「マグナリア、とは?」

 詳しい説明を求めると、サジタスは学者の顔をして、すらすらと説明する。

「マグナリアは、植物です。淡い黄色の小さな花をつけます。マグナリアにはある種の毒があり、過敏な者は中毒を起こすこともあります」

「毒だと?!」

「麻薬のようなものだけれど、大丈夫、使用したのは蜜らしいですし、量も少ないので。中毒症状としては、酩酊感があって、酒に酔ったような状態になります。昔は酒の代わりに用いられたりもしたそうです」

 二人はフィリウスに視線をやる。下心のある男どもを払いのけたグレイルに自分から抱きついて、子どものように甘えている。

「・・・間違いなく、それだな」

 サジタスは頷き、マグナリアの中和方法を頭に思い描く。手順が面倒で、ここには材料もない。軽い中毒症状を治すためにそこまでする理由があるかと考え、別にこのままでもいいのではないかと思う。

「兄さん。フィリウス、あのままで特別害もなさそうなので、放っておいてもいいですよね」

 レガートはやや考えてから、

「酔っているだけなら、別に大丈夫だろう」

 そう結論づけ、ちょうどこちらを向いたグレイルに、二人揃って笑顔で手を振る。

「グレイル、安心しなさい。フィリウスはちょっと酔っているだけですよ」

「はあっ? ・・・酔ってる?!」

 何で! と叫ぶグレイルの背中にぎゅーっと抱きついているフィリウス。周囲の人がくすくす笑いながら可愛い兄妹だと言っていること、グレイルには聞こえているだろうか?

「まあ、理由は後で教えてあげます。今は、フィリウスと遊んであげなさい」

「はあっ?! 何言ってんだよ!」

 声を荒げるグレイルに、周囲から野次が上がる。

「まあまあ兄ちゃん、いいじゃねえか!」

「おう、いいじゃねえか。今日は祭りだ、楽しくやろうぜ!」

「・・・あんたら何勝手言ってんだ!」

 フィリウスに抱きつかれたまま怒鳴っても怖くはない。

 

 結局グレイルは、くすくすと笑われながらも、兄達の言葉通り、その後何時間も、フィリウスと遊んでやるのだった。

 白の祭典、二日目の出来事である。




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