グレフィアス歴648年 6
アドレアに行き、それからずっと、心の中がもやもやしている。違う文化、言葉、それが育む各々の国。そう、国・・・ひとが集まり、何者かの統治によって成り立つ、一つの単位。 フィリウスは、自分の世間が広くはないことを自覚した。そして、知らないことは向こうからはやってこない。どうしようか、と思う。どうしたいかは、大体わかっている。ただそれをすべきか、すべきでないのか、それがわからない。そして、悩んでいる。 ・・・結局フィリウスがそれを決めたのは、アドレア帰国十日後の、夜のことだった。 夜、家に帰る前に、執務室に隣接したユリウスの寝室を訪ねる。ユリウスは本当に驚いた顔で扉を開け、どうしたのですか、と首を傾げる。 「少し、個人的なことで、お話が。・・・今お時間、よろしいでしょうか?」 一瞬意図を考えるような間があってから、どうぞと部屋の中にフィリウスを迎え入れる。この寝室には椅子がないので、扉の前で立ち話となる。 「どうか、いたしました? こんな時間に」 「ええ、ちょっと、お願いがあって。夜遅くに申し訳ありません」 それはいいのですがと眉をひそめたユリウスは、お願いとは、と先を促す。フィリウスはしっかりとその目を見て、 「これから、一年。・・・見聞を広めるための旅に出る許可を、ください」 静かに目を見開くユリウスから目を逸らさず、フィリウスは続ける。 「先日アドレア国に行った際、国ごとの違いに気付きました。私は、今までグレフィアス国から出たことがありません。今回の訪問で、自分の世間の狭さというものを自覚したのです。・・・将来宰相になるこの身が、このような視界でどうするのかと」 ユリウスは沈黙する。フィリウスの言うことも最もで、しかしおいそれと許可を出せるものでもない。ユリウス個人としては、心配も不安もあるが、その事実に自ら気付いたならば、意見を尊重してやりたいとは思う。だが、ユリウス以外の者達は・・・。 「そう・・・ですね」 やや考える。・・・許可はユリウスが出す。ならば、少し条件を付ければいいと。 「・・・わかりました。では、貴女と一緒に旅に出る者を三人以上、それ以外である程度の地位にある者からの許しを五人得なさい。それができたら、許可します」 フィリウスは一度しっかり頷き、ありがとうございますと深く頭を下げた。 ――それから五日後。フィリウスは五枚の証文と、三人の男女を従えて、ユリウスの前に立った。 「先生、許可をお願いいたします」 フィリウスが集めた証文に書かれた名は、文句の付けようもない者の名ばかり。リアリス・ラズ・グレフィアス、レイ・サイア・グレフィアス、グラン・ルーク、オルグ・ハイレン、ヒスーフェン・ベル・ロクア。 「ザギ、シィザ。それに・・・貴女もですか、エルー」 一番の難関と思っていた“三人目の仲間”まで、こう見事に集められては、本当に文句の付けようがない。 ユリウスは感嘆とも呆れともつかないため息をつき、全員無事で帰ってきなさい、と一言だけ命じた。 「はいっ!」 嬉しそうに頷いたフィリウスは、ザギ、シィザ、エルーと目を合わせ、にっこり笑った。
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