プロローグ
自己犠牲を、ひとは厭う。然しながら、守られるしかない人々が、もし誰かを守ろうとすれば、それは自然、自らを犠牲とすることとなる。 ――自分が傷つく事で、一生心に残る傷を負う者がいる。 それを背負えないならば、ただ逃げればいいのだ。どこまでも遠く、地の果てまでも。 とある国がある。まだ若い青年が治めるその国は、四年ほど前、一度亡びかけた。魔王によって。 魔族の王たる魔王は、治めるべき地をもたない。守るべき民がない。彼の王はひたすら気紛れに生き、その思いの向くままに行動する。このアーシェルトが魔王に亡ぼされかけたのは、つまりはそうした理由からだった。 その時、沢山の命が死んだ。子ども達、当時の王、猫や犬まで、老若男女種族問わず魔王によって蹂躙されたこの国は、しかし今奇跡的に生き残り、平和を体現している。四年が経ち、ようやく魔王の残した傷痕も目立たないようになってきた。 ・・・・・・アーシェルトはまだこの地にある。その理由を知らないのは、当時王宮で何が起きたのか見ていない多くの者達。知りうるのは、その凄惨な場面をその目でしかと目撃した者達。 国を救ったのは、一人の青年。彼と魔王の取引の結果、人々は命を長らえている。 輝く金の髪、空を映した青の瞳。まだ二十代も半ばの麗しき王、ディルガルド=アーシェルト。精悍な雰囲気と洗練された身のこなしには、女性だけでなく男性までも見惚れるような、そんな華々しさがある。 王の横にいる者。彼らもまた若く、王と数歳も離れていない。冷え冷えとした銀の髪、水面のような水色の瞳の宰相、リズカイト=セルク。そして、灯し火のような濃金の髪、生い茂る緑の瞳の騎士団長、ジークロア=ラーグ。 ――アーシェルトの国を背負う彼らが、その国と同じくらいに、守らなければと思う者が一人。 その名はユル=ラナ。ほんのり金を帯びた髪、夕闇のような藍色の瞳の、青年。彼はかつて、この国を魔王から救った者である。
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