十二話 人界・邂逅
魔王の弟子は、その姿は何ら普通の人間と変わりない。当たり前だ、術が使え寿命が長い他は、人間なのだ。 そして青髪は、珍しいがいないわけではない。セグレットやセトルが人間の中で過ごすのに、問題は数えるほどもない。寿命の問題は、一所に長居しなければよいだけのことだ。 ――セグレットとセトルの二人は、一年間、青の魔王の城を離れ、人界で学生として暮らしていくこととなった。 『お前達は、人界で学ぶことがあるからね。必要な学を修めるまで、頑張っておいで』 青の魔王に、そう命じられてしまったからだ。 セグレットは、人間が嫌いなため、人間のことをほとんど知らない。まず、言語が不自由だ。人界の歴史も興味がなかった。 セトルは、山里で暮らしていたために、応用の勉強を習っていない。数学と古語、紋章にも使うこれらの知識が、少し弱い。 そうした弱点と外見的条件も相まって、セグレットは中等部へ、セトルは高等部へ、新学期に合わせて入学した。二人、通う校舎と学ぶ事柄、さらには寮までもが違うため、時間や場所をしっかり決めて落ち合わないと、会うことすらままならない。 それでもセトルは、まだいい。つい最近まで人界で暮らしていたのだから。大変なのはセグレットの方だ。まさに右も左もわからない状況で、苦手な人間の中で、魔王の弟子ということを隠して溶け込まなくてはならない。ただでさえセグレットは目立つ外見をしているのだ。挙動不審なおかつ世間知らずな子どもが、いじめの対象にならないはずがなく。 ……そう、セグレットは入学早々、目を付けられてしまったのだ。 いきなり目の前に出された太い足にひっかかり、転ばされる。手に持った教科書数冊をばらまいてしまったセグレットは、びくびくしながらそれを拾い集める。足の持ち主とその取り巻きは、セグレットが拾おうとした最後の一冊を拾い上げ、にやにやと笑いながら言う。 「悪かったなあ、ウサギちゃん?」 「オーク先輩は足が長いからな、大丈夫かぁ? ウサギちゃん」 「先輩、ウサギちゃんは足元がおろそかなんだから、気を付けてあげないとぉ」 「それにちっちゃいから、上もよく見えてないんだよなぁ?」 ばしゃり! セグレットは頭の上から水をかけられ、半端に濡れそぼる。水をかぶってふやけてしまった教科書をぎゅっと抱き、後ずさる。大人しく、華奢で、ただ目立つだけの子ども。 「ウサギちゃーん? ほら、何か言ってごらん? お口きけないの?」 「可愛いなぁ、びくびくしてる」 「何もしねぇって、そんなびくびくすんなよ!」 「……何もしないって、もうすでに好き勝手やった後で、よく言う」 壁際にじりじり追いつめられていたセグレットは、その言葉の主に驚いて目を向ける。それに続くように、セグレットを囲む者達の視線も一斉にそちらへ向く。 「……何だとてめえ、喧嘩売ってんのか?」 一行の代表格であるオークが、そう低い声で青年を睨みつける。声の主は、セグレットよりも数歳年上の青年で、儚く思えるほど淡い茶色の髪と目、端正な顔立ちをしている。あいにくと、ぽんぽん売るほど安くはないんだけどね、そう微笑む。 「んだと、てめぇ……!」 気色ばむオークとその仲間達。セグレットはその真ん中で、青年とオーク軍団を交互に見つめて口をぱくぱくさせる。危ないから、と見つめて訴えるセグレットに青年はウインクをして、 「でも、買ってもらうよ。借金してでもね!」 そう言い放った。……ああやってしまったと顔を青くするセグレットの前で、その場は騒乱に呑み込まれた。 ――セグレットは術を使えなければただの子どもだ。術を使えない……まさしくその通りで、一年間しっかり学び魔王に認められて戻るまで、セグレットとセトルは術を使うことができない。 そんな子どもが騒乱の只中で、どうするか。巻き添えを食わないようにちょこまかと逃げ回るしかない。それでも一度や二度転び、殴られた。ほうほうの体で激戦区を離れたセグレットは、目に涙を溜める。どうしたらいいのか、まるでわからない。 「あーあ、メオ、派手にやったわね」 「本当にね。……処分ものよ、これ」 そんなセグレットの横に、女が二人立つ。涙目のまま顔をそちらにやれば、茶色い髪と目をした短髪と長髪の少女が、男どもの喧嘩を眺めてため息をついていた。 「……?」 誰だろうと思っていれば、二人は揃ってセグレットを見る。 「メオは平気よ、強いから」 「セクル……だっけ、名前。怪我平気?」 人界に下りるに当たって決めた名前で呼ばれ、一瞬間が空いたが頷く。静かに見つめていれば、少女二人はにっこりと笑い、 「私、エマよ。メオの幼馴染」 短髪の方がまずそう名乗り、続いて長髪の方が、 「私はイディール。セクル、これからよろしく」 そう名乗る。何がこれからよろしくなのかわからないまま、セグレットは、 「えっと……セクル、です。よろしくお願い、します」 改めて、名乗ったのだった。 後日、何がどうよろしくなのか、セグレットは身をもって理解した。 メオとエマの幼馴染二人は、かなり変わり者の問題児らしい。仲が良く、二人揃って喧嘩をしたり、悪さをしたり、かと思えばテストではいい点をとってみたり。しかしそれは別に、この二人が変人とか問題ありとか言われる理由ではない。 ……メオとエマは、自分達の友を、自ら決める。その基準は知らないが、二人が友と認めた者は、強引に、二人の友にならされる。 イディールがそうだった。そしてセグレットもまた、二人に認められてしまったのだ。 「よろしくな、セクル!」 その事実を知った時、セグレットは心の底から、城に戻りたいと思った。 ――どう転ぼうと平穏無事に済まなそうなセグレットの学生生活は、まだ始まってからひと月も経っていない。
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