魔王の弟子の物語 〜Tales of the Dragon's Pupils〜

十一話   間界・異人





 その日、黒の魔王の弟子達が、青の城を訪ねてきた。

「セグレット、遊び行こう!」

 驚き構えるセグレットに、ラジィはそう言って笑う。ロジィも笑顔でセグレットの腕を取り、リジィ一人だけが事情も説明せずに用件だけ述べるべきではない、と主にロジィを諫める。悪い悪いと謝ったロジィは、簡単に説明をする。

 先日、黒の領域の聖域近くの森の中で、温泉を発見したらしい。何だか不思議な感じのする温泉で、とても体が温まり、疲れがすっかり取れるらしい。

「セグレット、たまには遊んで、休もう!」

 浮かれるラジィは今にも一人で飛んでいきそうだ。セグレットは苦笑して、少し待ってくださいと黒の弟子達をその場に待たせ、青の城の中に駆け込む。しばらくして出てきた時には、よく似た雰囲気の青年を一人伴っていた。

「え、っと・・・?」

 見覚えのない青年に、ロジィは首を傾げる。リジィは目を見開いて、揃ったのか、と呟く。それを聞いたラジィが、そうなんだおめでとう、と飛び上がる。

「青の、五番弟子さん、だよね?」

「ああ、そうだ。名前は、セトル。あんた達は・・・」

 セトルの問いに、ラジィが答える。

「あたしは黒の四番弟子・ラジィだよ。こっちが五番弟子のリジィで、こっちが三番弟子のロジィ。よろしくね!」

 セトルはお辞儀をして答える。セグレットはロジィに目を向け、セトルも一緒してよろしいですか、と尋ねる。勿論と答えがあると、セグレットは微笑む。

「ありがとうございます。・・・では、連れていっていただけますか?」

 黒の弟子が三人、青の弟子が二人、総勢五人の魔王の弟子達は、温泉へと空を飛んだ。

 

 湧き水のように湯が湧いている。その周囲に土を掘って石を積んだのは、この黒の弟子達だろう。どうだ!と言わんばかりに胸を張って、目を見張る青の弟子二人に言う。

「ほら、温泉だろ」

「すごいでしょ? 穴を掘ったのあたし達だよ!」

「さすがに全員共に入るには狭すぎるか。・・・男と女、分かれて入ればよいな」

 ラジィだけが特に何の感銘もなく、ぱっぱと服を脱ぎ始める。

「あ、あの、ラジィ?」

「平気だ。下に着ている」

 驚くセグレットに言葉少なに答え、ラジィはリジィを呼び、女二人で温泉に浸かる。取り残された男三人は何とも言えない微妙な状況にその場をやや離れる。

「その・・・悪いな」

「いいえ、謝るようなことは・・・」

 ロジィの言葉にセグレットが答え、しばし沈黙。きゃらきゃらと聞こえてくる少女の声を掻き消すように、あ、そうだとロジィが大きな声を上げる。

「何か?」

 びっくりした様子のセグレットに笑いかけ、セトルに目を移す。

「なあ、セトル。さっき空を飛べてたけど、いつ弟子になったんだ? 術とか、どのくらい使える?」

 セトルは自分に話題が来たことにやや戸惑い、

「弟子になったのは・・・三月ほど前、か」

 そう指折り数え答える。

「え、すごいじゃないか!」

 ロジィはそう目を丸くし、

「あんだけ上手く空を飛べるのに、三ヶ月?! セグレットなんて、つい最近までまともに飛べなかったのに!」

 そう口を滑らせる。はっとロジィが口を押さえた時には遅く、セグレットはしゅんと項垂れてしまっていた。

「あ、いや、その、セグレットも、空飛ぶの上手くなったよな?! だって、黒の城に来るようになってからひと月とかのうちに、もうレジィにも見劣らないほどになったし!」

 そう付け加えても、セグレットは立ち直らない。どうしようとロジィがセトルに視線をやれば、しょうがないなと苦笑して、

「セグレット。・・・そんなあんたでも、俺の兄弟子だろう。俺は、あんたから学ぶべきことが、まだまだ沢山ある」

 そういう遠回しな慰め方をすれば、やや浮上する。ロジィが感謝の眼差しを送れば、セトルはそれを小さく頷いて受けた。

 ・・・そうして彼らが雑談に花を咲かせている間に、ラジィとリジィは温泉から上がって、男三人を呼びに来た。

「待たせたな。では、入ってくるといいぞ」

 ロジィ、セグレット、セトルはいそいそと温泉に向かう。その途中、はたと振り返ったロジィが、一言だけラジィとリジィに命じた。

「覗くなよ」

 覗くか、と言い捨てたリジィは、逆に嬉々として覗きそうなラジィを連れて、木の陰に消えた。

 

 その温泉は、確かに不思議な感じがした。体の芯からじんと温まり、隠れて溜まっていた疲労を溶かすように。ほうと感嘆の溜息をつき、セグレットは肩まで深く沈む。小柄なセグレットだからこそ、それほどしっかりと浸かる事が出来る。

 ロジィですら言葉少なだ。うっすらと微笑を浮かべたセグレットに、目を細めるセトル。

「・・・ロジィ」

 ぽつりと言葉をこぼしたセグレットは、視線を向けたロジィに、

「ありがとう、ございます」

 そう礼を言った。ロジィは満足げに一度頷き、たまに来ような、と答えた。

 

 それからしばらく経って、突然だ。・・・セグレットは異変を感じ、目をぱちりと開く。

(何か・・・目が、回る?)

 視界がくらくらしている。湯当たりしたのかと思うが、そのままじわじわ侵食するように頭がぼんやりしてきて、体の感覚も鈍くなってきて、これは湯当たりとは違う、と思う。そして、気付く。慌てて湯から上がろうとして、足に力が入らずロジィに抱きつくようにして倒れ込む。

「っ? 何だよ、セグレット。どうした?」

「・・・おい?」

 のぼせたのかと問われ、首を振る。弱々しくロジィの背を叩き、お湯から出してと頼む。ロジィはすぐ湯からからセグレットを抱え出す。

「おい、セグレット?」

「どうしたんだ、大丈夫か?」

 ロジィとセトルに心配されるも口を利くのも億劫で、ロジィに寄りかかったままでいる。

「大丈夫、なのか? なあ」

「わからない・・・」

 心配げにセグレットを覗き込む二人に、セグレットは一言だけ、告げる。

「酔い、ました・・・」

 ロジィとセトルは、何に? と不可解そうな顔を見合わせた。

 

 異常に気付いたラジィとリジィが寄ってきた。適当に体を拭い服を羽織っただけのセグレットは、しばらくじっとして症状が治まるのを待った後、苦笑しつつ起き上がると、まず第一に謝る。

「ごめんなさい、ご心配おかけしました」

 大丈夫なのかともう一度問われ、今度はしっかりと頷く。ほっとした表情を浮かべる一同に申し訳なさげに視線を落とすセグレットは、説明しない訳にもいかないか、とあまりひとに話したことのない事柄を口に上らせる。

「・・・知っていますか? この世界は、繋がっているということ」

 唐突な言葉に目を点にした彼らの中、一人、リジィのみが話しに食いつく。

「・・・むしろ何故、貴方は知っているのだ? それは、三番弟子程度が知っていることではなかろう」

 それを言うならばリジィこそ何故知っているのかというものだが、セグレットは別にそれを追及するつもりはない。ただ苦笑をし、答える。

「ぼくは・・・間界の者ですから」

 リジィは一瞬息を止める。それほどに、驚く。

「かん・・・かい?」

 リジィ以外は誰も聞いたことがない。知ってる?知らない、と首を振っている。

「お、どろいた・・・。そうか、セグレット、貴方は、そうなのか」

「驚くのも、当然ですね。・・・本来、ぼく達生き物は、界を渡れないのですから」

 ああと頷き、ならばどうして、と問いを重ねるリジィ。詳しくは聞いていませんが、魔王様がぼくを選んでくれたということ以外に何の答えがありましょう、と微笑むセグレット。話に付いていけない他三人が口を挟む。

「かんかいって、何だ?」

「界を渡る・・・。渡るほどに、界ってものがあるのか?」

「リジィ、説明してくれないの?」

 リジィとセグレットははっとして、説明する。それは普通、魔王とその一番弟子くらいしか知らないはずのこと。

 ――この世界には、三つの界がある。人界、間界、魔界。三つの界は別の次元に存在していながら、繋がっている。流れる水によって。

「水・・・?」

「ええ。水、です」

 川の始まりと終わり。水はどこから来てどこへ行くのか、知っているかと問えば、全員首を横に振る。そうでしょう、とセグレットは頷き、困ったように笑う。

「ぼくはこの人界に来る前のことは覚えていませんけど、その・・・過剰反応とでもいうのでしょうか。間界を流れてきたばかりの水に、さっきみたいに、酔ってしまうんです」

 理由はわかっても謎は増えて、結局彼らはそれぞれ難しい顔で考え込んだ後、もうこの温泉に来るのは止めようと、そう結論付けたのだった。




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