一章 “セレィス王の杖” 2
何故かファリオが十織の後をついてくる。気に入られてしまったらしい。 「……ねえ」 「……」 「……母親と父親のところに、帰んなよ」 「……」 「……私、仕事してるんだけど」 「……」 会話にならない。もしかしたら、この子は口がきけないのかもしれない。かといってそれを直接尋ねるのも気が引けて、元来子どもの扱いが得意でないことも原因で、結局十織はため息一つ、足を止める。廊下の端に本を下ろし、肩を回しながら振り返る。 「……遊んでほしいの?」 少年はわずかな間の後、こくん、と頷いた。 ========== 話せない少年と、異世界の娘の交流。それは何ともぎこちなく、噛み合わない。物陰からしばらく様子をうかがっていたリーレスは、その微笑ましさに含み笑いする。 「……リーレ。いつまでこうしているつもり?」 「うーん……あの子が飽きて、私達の下に来るまで、待とうかと思ったのだけど」 「ファリオ、あのひとのことが、気に入ったみたいね」 ルーディアとファリナは、リーレスと顔を見合せて微笑む。いつまでもこうして様子を見ているわけにもいかず、頷きあうと、姿を見せる。 「トール」 名を呼ばれた十織は、リーレスを見て一瞬息を止める。 「お、王様……」 リーレスの背後にルーディアとファリナを見た十織は、さらに狼狽する。あまりにわかりやすい反応に、リーレスは苦笑する。 「トール、ファリオと遊んでくれて、ありがとう。……ファリオ、トールにあまり迷惑をかけてはいけないよ。さ、行こう」 ファリオは静かに立ち上がり十織を見ると、ちょこんと頭を下げリーレスの後に従った。 「トール、ありがとう。早く仕事に戻らないと、怒られるでしょう? 貴女も行きなさい」 ルーディアに言われ、慌てて十織も立ち上がる。重い本を抱え上げていると、その横を通り過ぎながらファリナが、 「ええと、トールさん? ファリオ、また来るかもしれないけど、その時はお願いします」 そう言い笑うと、父母の下へ小走りで追いつき、ファリオの手を握る。その様子は実に仲良さげで、十織はもやもや感を胸に眉を寄せる。 「……隠し子じゃ、ないの?」 その答えは、蔵書室の司書仲間に訊き、わかった。
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