<保護者七題> 1.人を困らせて楽しいか
アリアールは困っていた。目の前に、もじもじしながら自分を見る小動物がいる。小動物・・・まさしくそんな感じだ。あの父に似ず、小柄で、色白で、細っこくて、おどおどしている。 「・・・ゲイル、何考えてやがる」 毒づいたアリアールは、きっと悪くない。 アリアールは傭兵だ。傭兵で、魔術師だ。そして相棒が一人いる。相棒のゲイリードは、アリアールと十七歳も年が離れた剣士だ。豪快で無駄に明るく煩い、そんな親父である。別れた妻との間に息子がいることは知っていた。けれど、その息子は妻が引き取ったのだとばかり思っていた。 「あ、あの・・・」 いや、妻が引き取っていたのかもしれない。ただ、何かの理由でゲイリードに預けられ、そのゲイリードが自分に預けた。そういうことだろうか。 「え、と・・・」 そもそも、ゲイリードはどこへ行った。アリアールはぶすっとした顔で、先ほどから弱々しく声を上げる少年に目を向ける。 「おい、お前の父親、どこ行った?」 出し抜けに問いかけられ、少年はびくつく。視線をさ迷わせ、わかりません、と呟く。 「わかんねえ? 何でだよ」 ますます不機嫌の度合いを高めれば、少年は早くも泣きそうに顔を歪める。今日の朝起きたら、あなたのところに行くようにって書き置きがあって、だから来たんです、そう訴える。確かに、父からあなた宛てにですと少年へ手渡された手紙には、きっちりそう書いてあった。短い文面、たった三行。 『書き置きをしておいたから、今頃はこの手紙とともに俺の息子が訪ねてきていることだろう。しばらくこの子を預かってくれ、俺はしばらく出掛けるから。頼んだぞ、アリ』 何言ってんだあのオヤジふざけんなおい。とまあ心中はこんな感じだ。こんな生き物、世話できるわけがないだろう、そう思い、ため息をつく。 少年に目を向ければ、とても不安そうな顔。いきなり父親が失踪し、見知らぬ男の下を訪ねてこなければいけなくなれば、不安なのは当たり前だ。 「・・・全く」 そんな顔をされると、さすがに関係ないからと放り出すことはできなくなる。それにこの子どもは、相棒の息子だ。全くの他人とも言い切れない。 「・・・まあいいや、中入れよ」 玄関先で話していたのだが、ようやく中に招き入れる。少年は小さく頷き、促されるまま室内へ入る。 アリアールは、三階建てのアパートの二階の一室に部屋を借りている。一人用の部屋なので、大層なものはない。わずかな家具と、寝台。おおまかに言えばそれだけ。机すらない。書き物をする時、食事を食べる時、床で済ませている。また掃除はこまめにしている。そんなわけで殺風景な室内の様子に、少年は少しだけ驚いたような顔になる。 「狭いだろ。ま、適当にその辺座ってろ。ソファも何にもないんだ」 言われるがまま床に腰を下ろした少年は、両膝揃えて正座して、アリアールと向き合う。 「あー、それで、何だっけか。・・・ゲイルがどこに何をしに行ったか、わからないんだよな?」 少年は頷く。 「いつ帰るかも、わからないんだよな?」 少年はまた頷く。そして震える声で、言う。 「あ、あの・・・ぼく、その、邪魔なら、一人でも。家で、お父さんが戻るまで、あの・・・」 そして、尻すぼみに言葉が消える。 アリアールは小さく嘆息して、お前何歳だと尋ねる。少年は泣きそうな声で、十二歳ですと呟く。続けて質問を重ねる。 「学校は」 「行って、ます」 「どこの?」 「家がある西区の、です」 「家政婦は?」 「・・・いません」 「お前一人で家事ができるか?」 「・・・料理と掃除と洗濯くらい、できます」 「そうか。金はどうする?」 「・・・」 「ゲイルの口座から出して使うこともできるな。息子だし。でも、あいつは貯金なんてしてないぞ。父親がいつ帰るかもわからないで、稼ぐ手立てもなくて、学校にも行ってて、家に帰ったら一人きりで、そんな色々危ない状況で簡単に暮らしていけると思うなよ?」 少年は黙り込んだ。アリアールは頭痛がするようにこめかみに手を当て、しょうがないなと天を仰ぐ。何十倍も利子つけて返してもらうからな、と相棒の顔を思う。 「全く・・・おい、お前、名前は」 少年はびくつき、おずおずと名乗る。ラステールです、と。アリアールはその名を一度口の中で転がし、響きを確かめて、そして呼ぶ。 「おい、ラステール。しょうがないから、ゲイルの言うことをきいてやる」 お前今日からここに住め、そう言い放ち、驚きと不安の混じった顔で見てくるラステールに、しめとばかり、名を名乗る。 「俺はアリアール。好きなように呼べばいい」 ラステールは慌てて頷き、ごめんなさい、ありがとう、そう強張った笑みを浮かべた。 そうして、青年と少年の、共同生活が幕を開けた。
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