<鈍感七題> 1.伝えてるのに伝わらない
サーラは夫を愛している。それはもう、心の底からなんて言っても足りないくらい、愛している。 マエストロの、顔が好き。髪が好き。声が好き。体が好き。服装も好き。靴まで好き。マエストロのことなら、何でもいい。盲目的とすら言えるくらい、好き。 そんなサーラでも、マエストロに対して不満がある。 ・・・同じだけ、愛してほしい。この想いだけは、譲れない。 「いらっしゃいませー!」 サーラとマエストロ、今日も朝早くから起きて、生地を仕込んで焼いて、昼前に店を開け、常連ばかりの客達を相手する。 この夫婦の仕事はパン屋だ。パン作りのほとんどはマエストロがやり、サーラは客の対応や二階住居での家事全般を担当する。もうここで店を始めてから三年だ。互いの役割も自然とできてくるものだ。 「おはよう、サーラ。今日のおすすめは何かしら?」 「この、焼きたてチーズ蒸しパンよ。いかが?」 「あら、いいわね。今日の夕飯はパスタにしようと思ってたの、ちょうど合いそうねえ」 サーラより何歳か年上の、常連の中でも若い母親が、サーラのすすめたパンを四つ買って行く。それを見て心の中で密かに、いいなあと思う。 (いいなあ、子どもがいて) この母親と彼女の夫との間には、三歳の息子と一歳の娘がいる。きゃらきゃらとよく笑い、泣く、可愛い子ども達だ。 (・・・いいな) サーラとマエストロは夫婦になって五年経つ。けれどまだ、子どもは一人もいない。欲しいのだが、できないのだ。サーラはそのことで、時々とても悩む。マエストロはそんな時、サーラを慰め大丈夫だと頭を撫でる。 (・・・馬鹿マエストロ。私は、二人の子どもが欲しいのに) サーラがいれば十分だと、そう優しく愛してくれるマエストロ。・・・足りない、足りない、それでは足りない。サーラと同じだけ、同じように、愛を返してくれないと、全然足りない。 何度も何度も、そう言っている。行動で示している。でもマエストロには、なかなか伝わらないのだ。
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