<主従七題> 1.勝手にいなくならないでください
主であり親であり兄である、そんな彼がいるべき室内は、爽やかな風を通し書類を撒き上げて、しっかりと、空になっていた。 また、いない。 「・・・逃げた」 「・・・逃げられたね」 マウとシーは顔を見合わせ、ため息をついた。 ヘリオットという青年がいる。彼はまだ若くして、いっぱしの商人だ。金持ちばかりの北区に家をもち、広い敷地には花の咲き誇る庭と屋敷。落ち着いた佇まいは、成金趣味を全く感じさせず威風堂々としている。 そのヘリオットは、二人の少年を護衛という名目で側に置いている。十代後半の目付きのきつい少年の名はマウ。彼より数歳幼い眼鏡の少年の名はシー。二人の少年は、ヘリオットによって拾われ、育てられた。いわば、ヘリオットの息子分弟分である。 ここ最近ヘリオットは、二人の育て方を間違ったのではないかと常々思う。いたずらして怒られて、それでも懲りずに巧妙に繰り返す、そんなずる賢さを身に付けた、普通の子どもにしようと、そう思ったはずだった。 「・・・んだけどなぁ」 ふーっと息を吐く。優秀な二人の護衛に、容赦なく追い詰められながら。 「・・・ヘリオット様、何度逃げても無駄ですよ」 「・・・あの、帰りましょう? ちょっとくらいなら寄り道しても、いいですから」 息子であり弟であり護衛である少年達の言葉に傷付く。何だか、呆れられているし、譲歩されている。 「・・・マウ」 「はい?」 「シー・・・」 「はい」 二人の少年は返事をし、互いの獲物を手に持ったまま、ヘリオットを見る。マウはナイフ、シーは棒。いつも一緒にいるから、二人の息はよく合う。揃えば、とても強い。自慢の護衛である。が、自慢の息子、弟とは、正直言い切れない。 「お前達・・・私を子どもか何かだと思っていないかい?」 マウもシーも、間髪入れず肯定しようとして、さすがに目を逸らす。そんな様子をきっちり目に収めてしまったヘリオットは、またため息をつく。 「・・・私は! 子どもじゃない! たまには一人で外に出て遊びたいんだよ!」 ぷうっと頬を膨らませるヘリオットは、その動作こそが子どもっぽさを強調することに気付いているのだろうか。いや、多分気付いていない。 「そんなこと口に出して言ってる時点でもう子どもだって、わかってます?」 マウがずばっと言ってしまう。シーが慌てて、 「マウ、駄目だよ! 僕達がちょっと我慢すればいいんだから、そんな言い方は・・・」 さらにぐさりと、ヘリオットの硝子の心を抉る。 「シー・・・その言い方、さらに追い打ちかけるだけだぞ」 マウが冷静にそう指摘すれば、ああそうかもごめんなさい、と謝るシー。もういいよ・・・と意気消沈するヘリオット。 ・・・結局ヘリオットは、ほんの少しだけ街を歩き、そのまま屋敷に戻った。自分より年下の少年に気を遣われては、ただ落ち込む以外に浮かぶ感情などない。 おおむね、彼らの毎日はこんな感じだ。
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