fate and shade 〜嘘と幻〜

二章 “遺跡にて”   1





 日が昇った少し後に町に着き、そこで必要なものを買ったあと、昼になるより少し早く朝兼昼飯を食べてから、光良――改め異世界名『コウ』とシルフィラは街道を歩いている。なかなかに流通しているのか、すれ違うものも多い。ときには隊商のような、荷物を多く持つ者たちとすれ違うこともあった。そういえば、出てきたばかりの町の中はなかなか大きかった。日本とは全く違う町の様子にはしゃいだりもしたが、コウの順応力は並みではなく高い。すぐに町の様子と溶け込んでしまった。

 コウは、シルフィラと大方似た格好をしている。ただ、その背に纏うローブにはフードがついていて、普段はそれで髪と目の色を隠すこととあいなった。

「っていうか、お前が水かけなきゃもうちょっとはもったんだよ」とコウは不満を口にしたが、シルフィラは「どうせそのうちバレてたって」と言ってまともに取り合わなかった。

 で、結局コウはシルフィラと一緒に行くこととなってしまった。色々と事情はあるのだが、一番の理由は口で負けたということだろうか。――シルフィラは、驚くほど口が達者だった。口から生まれたのか、と思うほどに口が達者で、町で買ったものもほとんどがその手腕で三から六割引されている。というか、なんで得体のしれない異世界人に対して世話を焼く? その思考がわからない。

 そう、買い物といえば。

「コウ、そのお守り気に入った?」

 シルフィラの言葉の通り、コウの右手首には彼曰く『お守り』があった。

 小指の先くらいの大きさの黒い石が三つ連なったもので、それを麻糸のようなものに通してあるだけの、質素なものだ。どこがお守りなのかわからないが、その石には加護があるとシルフィラは言った。「コウの髪と目と、同じ色の石だから、絶対コウのことを守ってくれる。間違いない」と断言されて、半ば無理矢理手首につけられた。

「気に入るも何も・・・ただの石、じゃないのか?」

「まったくもう、そんなことばかり言う。心を込めれば、石の精が答えるかもしれないよ? おはようコウ君! とかって」

「なんだよ、それ・・・」

 脱力系会話で進行中。

「・・・まあそれは置いといて、どこに行くつもりなんだ?」

 大事なことだろうに、全く聞いていなかったことを思い出す。――迂闊だ。

「ん? 魔獣退治だ。さっきの町から情報仕入れてきたからな。この街道沿いにな、遺跡があるんだよ。そこに出る魔獣を退治しろって依頼が出てるらしいんだ。そこ行こうと思う」

 ・・・ちょっと待て?

「ん? なんだ?」

 心の声だったつもりだが、どうも言葉に出ていたようだ。

「待て待て待て! 俺、戦えないんだけど! 自分の身だって守れるかわかんねぇってのに、魔獣退治とか、無理だっての!」

「いや、大丈夫だ。俺強いから」

「そうじゃなくて、俺が弱いから!」

 う、自分で言ってちょっと落ち込んだ。

「ん〜・・・、弱くはなさそうだけどなぁ? まあコウがいたところがどんなところかなんて全然知んねぇからわかんないけどな。魔獣がいないってことは、平和だったんだろうな。――そういえば、武器も常備してなくて魔法も使えないって言ってたか? 不便なところだよな・・・」

 しみじみと頷くシルフィラに向けて、コウは魔獣とかってやつがいる方がよっぽど不便どころじゃねえだろ・・・と小さく不満をたれた。

「・・・なあ、魔法ってあれか? あんたが出した火とか、水とか。あれそうなのか?」

 ふと聞いてみる。

「ああ、そうだけど。・・・やってみる? もし元素に気に入られてれば、使えるかもしれないよ?」

 シルフィラはほら、こんな風にと言って、手をスッと前にかざした。

風の波

 途端、シルフィラの体を中心に周囲に風の渦が生まれた。渦は地面をはい、砂を巻き上げ草を散らし、周りを歩いていた者たちのところにも吹きつけた。かなり広範囲に被害が及んでいる。

「・・・え?」

 シルフィラは驚いた様子で慌てて手を下ろす。途端、風が止んだ。

「いってぇ・・・」

 砂つぶてをモロに浴びてなかなかに痛い。コウは少し涙目になりながら、シルフィラを仰ぎ見た。すると、シルフィラは巻き添えを食った関係ない者たちの痛い視線と言葉を浴びて、す、すいません・・・と謝っているところだった。

 一通り謝り終わるのを待って、コウはシルフィラに言葉を浴びせた。

「お前っ! もうちょっと手加減できないのか? しかもそれじゃ見本にもなんねぇし・・・」

「い、いや、俺もビックリしてるんだけど・・・。だって短縮詠唱だったのに、こんなに強い威力出るわけないって」

「いや、実際出てるし。そんなこと言われてもわかんねぇし」

 ちなみに何に驚いてるのかわからんが。驚くというより慌ててる?両手をバタバタと無駄に振って、困ったような顔をしている。

「短縮詠唱だったんだってば。力はずっとそがれるけど、すぐに発動できるんだ。簡単な魔法ならだけどね? それが、普通に唱えたときと同じくらいの威力が出るなんて・・・予想もしないって。そういえば森で出した水も思いのほか強かったけど・・・」

 シルフィラはそう言うと考え込むように目をふせた。

「・・・おい?」

 呼ぶと、彼は顔をこちらに向けて、

「ま、いっか。威力が強くなるんなら儲けもんだし?」

 と笑ってみせた。




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