fate and shade 〜嘘と幻〜

二章 “遺跡にて”   2





 ――今更ながら思うんだが、やっぱり、何が何でも断固反対しとくべきだったと思う。

「なーんかすっげぇやな感じ」

「確かに。結構魔獣強そうな感じがするかも?」

「どうすんだよ。俺自分の身すら守れる自信ないって、言っただろ。しっかりと」

「・・・まあ、平気でしょ、多分」

 何が平気だ、何が。

 シルフィラのアバウトさに呆れながらも、でも結局来ちゃったあとだし。今更戻ろうにもすでに森の奥深くで、わざと外れてきた街道はもうずっと後ろの方だし。遺跡の姿がすでに小さくだが見えはじめているし。

 ってなわけで、覚悟を決めるしかないのかもしれない。不本意だが。

「あのさ、魔獣ってどーゆうんだ?」

 そういえば、何も聞いていなかった。どうも大切なことばかり聞き逃している気がするのは、気のせいか? いや、気のせいだと思いたい。

「あー・・・魔獣ってのは、一般的には獣――狼とか熊とかなんだとかみたいな形をしてる。でも力は桁外れで、大きさもすっごいでかかったりする。しかも炎吐いたり風を呼んだりと魔法もどきなこともしたりするから、厄介だな。まあ、見ればわかるさ」

 見てからじゃ遅いんじゃないか? おい。

「別に遅くもないだろう」

 おう、また心の声が・・・。

「まあ、何事も経験だと思うぞ。別に前出て戦えって言ってるわけでもなし、そんなに心配することでもないさ」

「・・・その楽観主義はどこから来てるんだ?」

「さあ・・・親からかな?」

 なんか不毛な言い争いな気がするんだが。しかも気のせいじゃない気もするんだが。さらに、そんなこんなしているうちに遺跡の前まで来てしまった。

「ま、覚悟決めて行くぞ。魔獣出てきたらすぐに俺の後ろに下がるか、どっか隠れるかしてくれな。見るだけで十分だ」

 シルフィラはコウと目を合わせて、そこにある不安を読み取り小さく笑う。

「見る必要があるからな。これから俺と一緒にやっていくならば・・・」

 見る必要もないんでは? 一緒にやっていくとは限らないし。とは、今度は声に出さない。

 シルフィラの顔が少し真剣味を増した気がした。そしてコウの返事など待たずに一人古びた遺跡の内部へと進んでいく。コウは悩む間もなく、慌ててその背を追いかけた。

 入ってすぐは、ひたすら真っ直ぐ道が続いていた。ゴツゴツと岩の感触を受けながらもなお整備されたように平坦な道。等間隔に松明が燃えているのは、先に入った人物がいるからだろうか。無機質に燃え上がる炎は光はあれど焚き火のような暖かさには欠け、照り返して長く伸びる自分の影が、時節揺らめくのが薄気味悪い。

 遺跡に入ってから、シルフィラは一言も話さない。長く伸びる廊下がひたすら前に続いていて、ただその奥を見据えている。

「・・・ここ、何の遺跡だったんだ? 道が一直線すぎる。これじゃ縦の長さはそうとうだよな?」

 話しかけたコウにシルフィラは小さな声で返事をした。

「あんまり大きな声出さないようにな。何の遺跡かは知らないけど、確かに長いな・・・」

「ん、悪い。やっぱ長すぎるよな? 普通、何箇所かくらい分岐点があるもんじゃねえのか?」

 声のトーンを落としながらも、コウはそう尋ねた。

「多分な。遺跡の種類調べてみないと詳しいことはわからんが、普通は迷路みたいにぐねぐねしてるぜ。――このパターンだと、もしかして・・・」

 コウはシルフィラの言葉に嫌そうな顔をした。『もしかして』の後に続く言葉は?

「・・・罠か」

 そっけないコウの言葉に、シルフィラはコクリと頷いた。

「まあ十中八九罠があるってことだな。いまだ作動してるかはわからないけど」

「いやだなー・・・こういうパターンだと、落とし穴とか?」

「ああ、それも一つだよ、な・・・?!」

 シルフィラが話しきるのと同時に、いきなり足元に穴が開いた。まさしく落とし穴であった。噂をすればなんとやら? などと余裕ぶっこいてる場合ではない!

「コウっ!」

 シルフィラと同時にすばらしい勢いで下降しながら、コウは名前を呼ばれた。シルフィラが手を伸ばして、空中でコウをつかまえグイと引き寄せる。

「しっかりつかまってろ!」

 落ちる中、地面がかすかに見えてきた。そこにも松明は燃えているのか、地下に落ちているにしては明るい。コウは激突→衝突死の安易な式を脳内で導き出して、ぞっと背筋に冷たいものが走るのを感じた。

我が求めしものの姿よ、成して見せよ! 風の波!!

 シルフィラがコウをつかむ手に力を込めて、早口でそう唱えた。途端、落ちるばかりだった勢いがやわらぎ、二人の体は緩やかに下降をはじめる。ついで、落下先の地面が、目で見ることができそうなほど強い風に覆われた。耳に入るのは、嵐のような、吹きすさぶ風の音だった。そしてそれになびくローブの音。

 二人はなんの衝撃もなく、地面に足から降り立った。

「・・・平気か?」

 シルフィラに顔をのぞきこまれて、コウははっと我に返り、慌てて無意識につかんでいたシルフィラの腕を離す。

「だ、大丈夫だ」

 答える声はうわずってはいたが、震えてはいない。シルフィラはそんなコウの様子を眺めて、微苦笑した。コウの頭に手をやり、わしゃわしゃとかき回す。

「な?! やめろよ!」

 コウはその手の届かないところまで下がり、シルフィラをにらみつけた。

「怖かったなら怖かったって素直に言えばいいだろ? ったく、生意気なガキだなー」

「ガキじゃない!」

 コウは反論するが、それがシルフィラにはまたガキっぽく見える。せいぜい二、三歳の違いがこうもガキっぽく見えるものだろうか? そう考えてシルフィラはあ、そうかと思い至る。――自分の生死を分かつ事態に、慣れていないのだと。シルフィラは仮にも冒険者であり、賞金稼ぎである。大体は一人で行動するシルフィラには、パーティを組んだ者たち以上の危険がのしかかる。それを軽くあしらえる程度には彼は強かったが、コウはそうではないのだ。

「まあ、悪かったよ。俺一人ならよくある事態の一つで片付いてたけど、コウはこんな経験したことなかったんだろ? しょっぱなからこれじゃ恐怖心を抱くだけかもしれないな」

 思いがけない優しい言葉を放たれたコウは一瞬動きを止めて、シルフィラの顔を凝視した。その顔には微苦笑がいまだ浮かんでいる。コウは素直に紡ぎだされる言葉に、その慣れない優しさに戸惑いながらも、憮然として返した。

「・・・何事も経験、なんだろ。別に、何もなかったからいいんだ」

 シルフィラはおや、と小さく呟いて、コウを見つめた。思いやられることに慣れていないのか、少年はシルフィラと目が合うとプイと顔を背けた。

「・・・まあ、気にしてないならいいんだけどな」

 微苦笑から苦笑に変わったシルフィラの表情を、コウは見ていなかった。




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