二章 “遺跡にて” 5
「ほら、そんなに怒るなってば」 シルフィラがそうなだめても、コウは歩く速度を変えようとはせず振り向きもしない。返事はもちろんなしだ。 「お前が先行しても、仕方ないだろ? 魔獣といきなり出会ったら倒せないだろうが。先行くなってば! 俺が先」 シルフィラは無理矢理コウの前に割り込んだ。コウは不服そうにシルフィラを見上げるが、すぐ目を逸らして、その歩調を少し落とした。 「・・・ったく、冗談の通じないガキンチョだな、お前」 シルフィラはコウに向かってそう言った。コウは反発するだろうと思ったが、頑張って耐えたようだ。視線を下に落とすと拳を硬く握り締めていた。 シルフィラは苦笑して、うつむいて怒りに堪えるコウの背中を勢いよくたたいた。 「ほら、剣戟が近くなってきた。もうコウにも聞こえるだろ?」 そう言われて集中すると、確かに、カンカンと金属的なものを打ち合わせる音がする。 「どんな魔獣か知らないが、まだ負けてないな。加勢の必要はないかもしんないけど・・・」 シルフィラは小走りになってその音の元に急いだ。さすがに真剣な顔をしている。コウはその背に遅れないように、けれど小さく距離を置いて追う。――未知なる魔獣への無意識の恐怖が、その距離を生んだ。 徐々に大きくなる剣戟。それに混ざる――剣筋に気合を入れる声、獣のうなり吼える声、そして・・・魔法の詠唱。 「・・・の槍!」 途端、向かう奥から吹きつける熱風。 「ばっ・・・! こんな狭い通路で、火系魔法なんて!」 シルフィラが舌打ちをして駆け出す。コウもその後を追いかけ走り出そうとしたが、「ここにいろ!」とシルフィラに一喝されて立ち止まる。――実際、走り出したからついていこうとしただけで、熱風が吹きつけてきた方向は進みたくないほど熱かった。 どうすればいいかわからず、シルフィラが消えた方向に目をやり、自分でもわかるくらいに落ち着かないで通路をウロウロしていると、ふと、足元に影が落ちた。 振り返り、影を見る。――そこには狭い通路をふさぐように、巨大な狼・・・いや、これを魔獣というのだろう、それが瞳を光らせていた。・・・戦う術も経験もないコウは、よい的となるだろう。コウは悲鳴を上げることもできなかった。
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