二章 “遺跡にて” 6
シルフィラは薄い水の膜を自分の周りに張り、それに炎と熱気を防がせている。それでも肌で感じるほど大きい熱量に、使われた魔法の効果の大きさを予想する。 (・・・無事か? ってゆうか、さっき使ったの「火の槍」だよな? こんなに大きな効果が出るなんて・・・遺跡に問題があるのか?) それなら自分が使った風の初級魔法があれほどの効果を出したのにも頷ける・・・と考えて、やはりそれにも矛盾があると考え直す。 (街道でも使ったしな・・・あの時も正規の強さじゃなかった。それとも俺の魔力が強くなったのか? 知らないうちに。こんな短時間に。――ありえねえよなぁ・・・) そう思って、同時にやっと一直線から開放され角を右に曲がって、シルフィラは唖然とした。――焦げている。そりゃもう、ちょうどよく焦げている。少し強いが、ミディアム焼けといったところか? ・・・別に魔獣の話ではない。部屋全体での話だ。 「あ、人。ちょっとあんた、治癒魔法使えない? 連れにかけてほしいの」 突然響いた声に現実に引き戻された。声のした方向を見ると、焦げて黒くなった岩の部屋の、そこだけが切り取られたように無事なままである左奥の方に、二人の人間がいた。 横たわるのは、ざんばらな茶色の髪をした青年で、剣を持ったまま気絶していた。そしてその横に寄り添って座っているのは女性で、波打つ赤髪に、意志の強さがにじみ出た焦げ茶の瞳。その様子から、彼女がさきほどの魔法を放ったということが一発でわかった。 「治癒魔法、使える? 使えない? 使えないなら、放っといても平気だから放っとくんだけど、こいつのこと。ねえ、どっち?」 女性は強気に口を聞き、シルフィラは少し呆気にとられる。 「一応、使えるけど・・・初級でいいなら」 「十分よ。こいつ生命力虫なみだから。悪いけど、かけてあげてくれる?」 「あ、わかった・・・」 女性の気迫に押されてシルフィラは治癒魔法をかけることになってしまった。怪我人を放っておくわけにもいかず、結局は仕方がないのでかけるために女性と青年に近付き、その傍らに膝をつく。青年の傷は、主に火傷のようだった。 「あたしの魔法で怪我させたんだけど、なんでかわからないけど威力が強まっててね。短縮詠唱だったっていうのに、このありさま」 そう言った女性のむき出しの腕や足にも、少なからず火傷があった。 シルフィラは無言で青年の一番ひどい火傷の上に手をかざした。 「我は求め乞う 等しき優しさと許しを 癒しの糸」 唱えると同時に、青年の全身の火傷はとても軽いものになるまで治っていった。それとともに、効力は女性の腕や足の火傷にも届き、少し痕が残る程度ほどになった。 「あれ、あたしのも治してくれたの? 別に軽いものだったから平気だったのに・・・ありがとう」 女性がにっこりと笑顔を見せた。シルフィラもそれに笑い返し、 「女性の肌に傷が残ったら大変でしょ? ――まあ軽口はいいとしてさ、あなたたちも倒しにきたんだよね? で、目的の魔獣に会ったの?」 女性は渋面をつくった。 「魔獣には何度か会ったし、今倒したやつはちょっと手強かったけど、多分、目的のものじゃないわ。依頼にあったものより全然小さかったし」 「そう」 シルフィラは考え込んだ。その彼に、女性は話しかけた。 「私はミナっていうんだけど、あなたは? あ、ちなみにこのバカはリィンよ」 「あ、俺シルフィラ。あと連れがもう一人いるんだけど、――!!」 そこまで言っていきなり立ち上がった。 「な、何。どうしたの?」 女性は驚いてそう聞いた。シルフィラは口元に手を当てて、小さく「やばい」と呟いた。 「・・・置いてきた」 女性は驚きながら、さらに目を丸くした。 「は?」 「連れ。通路の途中で置いてきた」 言うなり、シルフィラは走り出す。後ろであ、ちょっと待ちなさいよ?! と叫ぶ声がしたが、止まってる余裕はない。――戦う力がないコウは、魔獣の格好の餌食だろう。ちょっと早く起きなさいよ! ・・・ガス!! と、凄まじい音が背後でしたときは思わず振り向きそうになったが、シルフィラはそうすることなく走り続けた。 ――なんだかいやな予感がした。
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