二章 “遺跡にて” 8
「・・・助けにこいっつーんだ! ばかやろー!!」 と反響しながら声が届いた。紛れもなくコウの声だった。 「助け? くそっ、魔獣に襲われてたか・・・!」 シルフィラはもと来た道を走り、そして角を曲がると同時に、それを見た。――ゆうに三メートルはあるだろうか。それは狼をひたすら大きくしたようなものだった。 「コウ! 無事かっ?!」 魔獣の影が邪魔をして、コウの姿は見えない。もしやられていたら・・・と考えて冷や汗がこめかみを伝うが、「遅いっ!ばか!」と存外に元気そうな声が返ってきてほっとした。 「こっちこい! コウ!」 コウがどこにいるのかは確認できなかったが、シルフィラはそう叫んだ。同時に魔獣の頭に大きな何かが当たって、体制を崩した。その隙にコウはシルフィラの元へと、魔獣の横をすり抜け駆けよってきた。 「遅いっ! 俺は戦えないって言っただろ!!」 ・・・今こいつ石投げた? シルフィラは言葉を失くす。石で魔獣を撃退するなんて、すげぇ根性あるなあと思う。 「聞いてんのか? あぁ? お前が向こう行ってすぐ出てきたぞ、あいつ! ずっと追っかけられてたんじゃねぇか?! 気付けよっ! 俺、わかんねぇんだから!」 青筋立ててかなりご立腹なコウに少しおじけづきながら、シルフィラはどう言い訳をしようか考える。だが、その本気で怒っている目を見て、下手な言い訳はかなりの逆効果になるであろうことがわかる。 「あー、いや、悪い。うん、悪かった」 「悪いですんだら危険なんて経験しねぇんだよ! 謝りゃすむと思ってんのか? おい!」 シルフィラは少し後悔した。――この少年は、もしもその身に纏った色彩が原因で人売りに襲われたとしても、一人で撃退する気がする。心配は無用だったかもしれない。というかシルフィラは、自分がコウのことを助けようと、半ば以上無理矢理に旅に同行させたという事実は棚に上げている。 「まあ、いいけど! 俺が弱いのが悪いし。あー・・・本当になんで俺、こんなところに来たんだ?」 ぼやくコウの様子は、どこか疲れて見えた。それなりにショックではあったのだろうか、とシルフィラは考えた。 「コウ・・・そんなこと言うなよ。俺はお前みたいに、ちと乱暴ではあるけど楽しいやつと会えて、嬉しいぞ」 「うっせぇ。ばか」 シルフィラは少し天然なようなので、こういうこともすっぱりきっぱり言う。コウは「会えて嬉しい」なんて告白のような言葉を聞いて、口悪く言い返すことしかしなかった。 「・・・あんたたち、親玉魔獣前にして何漫才してるわけ?」 と、突然そこに第三者の声がはいりこんできた。驚いた二人が振り向くと、そこには豪奢な赤髪をした女性と、彼女に首根っこをつかまれた茶色い髪の青年が立っていた。いわずもがな、さっきシルフィラが治癒魔法をかけた二人組み――ミナとリィンである。 「さっきから魔獣があんたたちのこと、じー、と見つめてるわよ」 そういえば魔獣がいたっけ、とまた目を戻すと、そこには魔獣が変わらず・・・いや、変わっている。ついさっきまで大きい魔獣一匹だったのが、今はその周りを囲むように数十匹の狼のような魔獣が。どうやら二人が話している間に増えたらしい。 「うわ、増えたー。多分あのでっかいやつの後ろにもまだいるよな?」 「・・・たぶんねぇ」 コウの感慨こもらない言葉に、シルフィラはため息混じりに答えた。 「何のんきにしてるわけ、早く倒しなさいよ! 魔法使えるんでしょ? そっちのぼうやがどうかは知らないけど・・・」 ぼうやと呼ばれたコウが途端不機嫌そうに顔をしかめるのを知ってか知らずか、ミナはそう言うと同時に自らも詠唱し始める。 「我が求めしものの姿よ、成して見せよ!火の槍!!」 「だから、火系はダメだってば!」 シルフィラは慌てて、魔獣たちと自分たちとの間に短縮詠唱で「水の泡」を生み出す。ミナが放った魔法は一発で群がっていた魔獣たちの大半以上を炎に巻き、その熱はかなりの温度をもって水の泡より後ろに立つ四人の下へと届いた。 「・・・強すぎ?」 「学習しろよ! さっきもこんなことになったんだろっ?! 遺跡に魔力倍増の魔法でもかかってるかもしんねぇんだよ!」 「そんなん知るもんですか! 私は火系魔法しか使えないの!!」 吹きつける熱風の中怒鳴りあい始めた魔術師二人を見て、コウは絶対酸欠になりそう・・・などと思う。が、止めるつもりなどさらさらなかった。 「おい・・・止めないのか?」 なので突然話しかけてきた青年の言葉に対する返答は、ニランデオシマイだった。 「止める必要なんかねぇし、義務もねぇし、何より面倒」 それを言われた相手は小さく嘆息した。コウは相手の青年を――やけに目立つ赤髪の女性に襟首をつかまれていた姿を見て、尻に引かれキャラだと即座に判断していた。そんな彼は、コウが気付く間もなくいつの間にかその隣に立っていた。 「それはそうだけど・・・でも、魔物が全て殲滅したわけではないし、こんな状況で喧嘩は危険だと思うんだ」 そしてちなみに真面目キャラのようだ。きっと苦労症だ。将来ハゲそうだが、今は全然平気そうだ。若いからだろう、きっと。などと失礼なことを考えた。困ったようにコウの隣に立つ青年の顔に、なぜか踏まれた跡があり、ちなみに頬に殴られたような跡もあるのはなぜだろうと思いながら、コウは横目で魔術師二人の様子を見やった。 「四属性魔法使いこなせねぇ女にうるせぇとか言われたくない!」 「魔獣前に漫才してるバカに言われたくないわよ!」 ・・・しばらく続きそうだ。だが、二人とも息が切れてきているので、案外早く切り上がるかもしれない。 「動き出した! やっぱり殲滅しきってなかったか・・・」 その時、隣に立った青年が硬い声で告げる。いまだ薄く張られた水の膜の向こうで、もぞもぞと影がうごめいている。その中にはさきほどまでコウを襲っていた巨大狼もどきもいて、さすがに傷は負っているようだが、たいしたことはなさそうだった。コウははあ、と大きなため息をついて、低次元の口喧嘩をしているうるさい魔術師たちに声をかけた。 「喧嘩はあとにしてさー、まだあいつら生きてるけど。とりあえず倒してから喧嘩すればいいんじゃねぇ? 特に、俺のこと弱いってわかっていながら敵の目前に放り出してくれたやつの方は、俺にあとで倍返しに復讐される前にチャッチャカあいつら殺っちまえばー?」 そういって対象の相手を見ると、まともに目が合った。ので、ニカーと笑ってやる。相手――シルフィラはそれに引きつった笑いを、かろうじて返した。 「あー・・・じゃあご希望通りに、チャッチャカ殺りますか。で、そこのバカ魔術師。あんたにも手伝ってもらうから」 バカと呼ばれたミナは不機嫌そうに眉根をつりあげ、シルフィラをきつく睨んだ。が、そこはやはり賞金稼ぎである。さっきのような口喧嘩に発展することはなかった。 「わかったわ、何すればいいの? 火系魔法をダメというなら、あんたの考えを言ってごらんなさいよ。良さそうだったら付き合ってあ・げ・る」 邪悪といえるような笑みを浮かべるさまを見て、コウの隣で青年がヒィッと小さく悲鳴を上げた。コウが目線で問いかけると、 「あれ、一番怒ってるときの笑顔なんだ・・・俺にとばっちりがくるのに〜!!」 と、小さな声で教えてくれた。よーく見ると、笑顔の中に青筋が立っている。確かに、怒りを我慢しているようだ。とばっちりは青年にくるらしいが、それよりコウは、妙に馴れ馴れしいこの青年の方が気になった。というより、少し不愉快だ。 「あっそ・・・っていうか、あんた誰」 「あ、俺リィン。あそこの豪奢な赤毛の魔術師ミナの相棒で、剣士だ。結構強いんだよ」 「ふ〜ん・・・」 剣士だと言った青年リィンの腰には、確かに一振りの幅広の剣が下げられている。本人は強いといったが、コウは目の前にいる青年が強そうには到底思えない。だって顔に足型ついてるし。殴られたあともあるし。多分、十中八九以上の確率でこれをやったのは赤毛の魔術師だろう。うん、間違いない。 「おい、コウ。ちょっと手伝え」 青年リィンのことを分析していたコウに、赤毛の魔術師と話していたシルフィラがそう声をかけた。見ると、獣たちとの間に何時かの間に岩の壁が出来ている。それを見て驚いたコウに、シルフィラは「あ、魔法ね。これ」と簡単に説明をした。 「この魔法も長くはもたないからさ。・・・で、コウと、そこの兄さんにはちとやって欲しいことがあって。この魔法――「土の盾」が破れたら、おとりになってほしいんだ。俺たちが詠唱を終えるまでの時間でいい。で、俺が合図したらすぐここに戻ってきてほしい」 「何するつもりだ?」 青年の問いかけに、シルフィラは頷いて、おとりの二人に向かって軽く説明する。 「この火系魔法しかとりえのない魔術師が、得意の火系魔法の中級ブッ放つっていうから、俺がその後押し&防御かける。ってことで、よろしく〜」 そう言ったシルフィラに向かって、すこぶる機嫌の悪い声と表情でコウは言い切った。 「逃げるしかできないやつにおとりをさせるなんて、最悪だよな。ま、いいですよ?やってやろうじゃんか・・・後で覚えとけ、シメてやる」 ――そういえばそうでした。戦う力なんてない、と断言していた気もします。 シルフィラは、体長三メートルを越える獣に襲われても叫び声一つ上げず、爪や牙や体当たりのタイミングを見て避け、さらに石を投げつけるコウの姿を見ていただけに、さらにはこんな状況下にあっても冷静な様子も加わり、すっかりそのことを失念していた。 「あー・・・今さらながらだけど、やっぱりやめとく?」 「うっせ、バカ。おとりになりゃいいんだろ? なれば」 コウはそう言ってニタッと笑うと、ちょうど魔法でできた岩の上半分が消えてきたその隙間から、獣密集地帯である向こう側へと身を躍らせた。 「あ、おいっ! 一人で行くなって! 危ねぇぞ!」 慌てて、その後を追って青年も飛び出す。消えかけた岩の隙間から、青年が抜いた剣が白い軌跡となって見える。――どうやら、コウに言っていた「結構強いんだよ」というのもあながちウソではないらしい・・・と、その会話を小耳にはさんでいたシルフィラは思った。その横ではコウがかがんで、大きめの石をつかむとともに精一杯の力で投げつける。その岩は、雪崩状に、一匹、二匹と小さな魔獣を巻き込んでいる。・・・こちらもなかなかあなどれない。隣では赤毛の魔術師が早々と中級火系魔法の詠唱を準備している。魔法は初・中・上級に大きく別れるが、級が上げれば上がるほど発動までの集中も制御も大変になるのは、魔法を使えない者にだって簡単に想像できるだろう。中級とはいえ、火系の魔法は元々の制御が難しいわけで・・・。 シルフィラは少し不安を感じながらも、おとり二人が出てからほぼ一分後、集中を終え、詠唱を開始しようとする赤毛の魔術師を見て大声で叫んだ。 「二人とも、戻れ! 発動する!」 二人が戻ってくるのを確認すると同時に、シルフィラは唱え始める。 「我が求めしものの姿よ、成して見せよ!土の盾!」 それは二人がシルフィラの元へ走りこむと同時に発動した。名前の通り土――もしくは岩――で出来た盾は、二人のすぐ後ろまで迫って追いかけてきていた魔獣たちを跳ね飛ばした。そしてそれとほぼ同時に、盾の向こうと場所を指定された火系中級魔術「火の舞」が発動した。 「・・・火の舞!」 二箇所を区別するように張られた「土の盾」の向こうから、たくさんの魔獣たちの叫びが聞こえてきた。それはまんま獣の叫び声だが、徐々に数が減っていく。シルフィラはさらに後押しをすることにする。――念には念を。 「風の波!」 短縮詠唱だが、盾の向こうを指定されたそれは炎の勢いを助けた。風は火を助ける。それは自然の法則。 「へぇ! 初級とはいえ、魔法の同時発動なんて出来るんだ? すっごーい!!」 シルフィラとのそりは合わないが、赤毛の魔術師ミナは、魔術師としてのシルフィラの実力にやはり同じ魔術師として、素直に感嘆の声を上げた。 「何? それってすごいことなのか?」 たずねたのはコウ。そんなコウに、ミナは驚いて目をやると、詰め寄るようにして眼前に近付いた。近付かれたコウは、相手の息がかかるほどの距離にたじろいで後ろに下がる。 「当たり前でしょ?! 魔術師でなくっても、すごいと思うわよっ! 系統の違う力を同時に制御するのよ? それって思った以上に大変なんだから!」 「あ、わかった。わかったから、離れろよ!」 コウが下がるとミナはさらに近寄り、ついに壁際に追いつめられる。コウははたから見てもわかるほど狼狽している。救いを求めるように残り二人に目をやると、結構強かったらしい剣士リィンは目線で「ごめーん」と謝り、シルフィラはどう見ても楽しんでいる。 ・・・絶対恨んでやる! コウは固くそう誓い、とりあえずは目前の課題を消化することにした・・・。
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