fate and shade 〜嘘と幻〜

二章 “遺跡にて”   9





 結局、炎に巻かれた魔獣たちは、残らず全滅していた。倒す前にリィンが「殲滅」という単語を用いていたが、確かに、全滅というより殲滅という単語の方がしっくりくる。灰も残さず、壁に焼け付いた魔獣の姿がなんとも不気味だったのを、コウは脳裏に描く。それは一匹二匹ではなく、数十匹か、あるいは数百匹単位の影だった。思った以上に奥まで続いていたそれは、どんな熱量ならば、あのように焼け付くのだろうか? とコウに考えさせるには十分なものだった。

「はい、やっと生還〜」

 一番先頭を歩いていたシルフィラが、そう言った。

 四人は魔獣たちを殲滅後、出口を求めて通路を歩いた。奥まで行っても行き止まりだったのでどこかに抜け道があるだろうとそれを探り、かすかに風が通る隙間を見つけたリィンが、鞘に入ったままの剣で殴りつけ大穴を開け、そこをたどってやっと外へと抜けたのだった。その頃には、外はもう暗闇に包まれて完璧に夜だった。

「野宿ね、今日は」

 暗闇でもなお目立つ赤髪をした女性、ミナは、ため息混じりにそう一同に告げた。

「じゃ、焚き木探さねぇとな・・・」

 明らかに面倒そうな声を上げたリィンにニッコリと笑いかけ、ミナは野宿がしやすそうな場所を手っ取り早く探しそこに自身は腰を下ろしながら、「じゃ、よろしく」と声をかけた。ちなみにミナが選んだ場所は、遺跡の壁を背中にし、なおかつ視界を木々に遮られないような場所だった。

「・・・やっぱり、俺が行くんだな」

 諦めたように肩を落とし、森に入っていくリィンの背中に、コウが続く。

「「コウ?」」

 声をかけたのはシルフィラとリィン。ばっちり二重奏で問いかけられたコウは、シルフィラに向き直り、「俺も行く」と当たり前のように言った。シルフィラは別に追及しなかったが、不思議そうに頷いた。コウの性格ならば、ミナと同じように居座るかと思ったが。リィンは助けの手を喜んで歓迎し、二人は連なって森へ入って行った。

 二人が消え去ったあと、地面に座り込んだミナは、目の前で短縮詠唱によって水を生み出し、それを飲み水として確保しているシルフィラに、問いかけた。

「・・・ねえ、気になってたんだけど、あなたとあのぼうやと。一体どんな関係? 変よね、なんか。あのぼうや、「戦えない」って言ってたし。あなたみたいな賞金稼ぎと行動を共にする者がそんなこと言うはずないし・・・。でも実際武器は持ってなさそうだったし。それに、仲間とか相棒って感じにしては、ちょっと違和感あるし」

 結構的確に的を射ているミナの問いに、瞬間、シルフィラは答えあぐねる。

「・・・あ、うーん、何だろ? 大きな拾いものみたいな感じ?」

「は? 何それ」

 苦笑しながら、シルフィラは答えた。

「なんか、この世界の常識とか色々忘れ去ってて。記憶喪失・・・みたいな感じなのかな。だから、保護者っぽいのかも、俺」

「なに? 記憶喪失なの? あのぼうや」

 ぼうやじゃなくて、コウだよと前置いて、シルフィラは続ける。

「かな。実は俺だって、会ってからまだ一日くらいしか経ってないし」

 うそっ?! とミナは叫んだ。

「一日って感じじゃないわよっ?! すごい親しげ! ――え、それってどういう順応力よ、一体?!」

 ミナが混乱して頭を抱えるのを見て、シルフィラは小さく安堵した。――別にシルフィラはコウが『異世界から来た』ということを信じていないわけではない。だが、コウ自身が言ったように、それをまともに信じるものなど、限りなく少ないだろうことはわかる。コウは不満に思うかもしれないが、ここは口裏を合わせてもらうしかない。『記憶喪失』という常套手段なら、たいていのことは平気だろう。多分。

 混乱から抜け出たミナは、コウの『脅威の順応力』がまだショックなようだったが(実際シルフィラも驚いているが)、言っておかなければならないことでもあるように、真剣な眼差しでシルフィラを見つめる。

「な、なに?」

 シルフィラがその視線に気おされてたずねると、ミナは落ち着いた口調で忠告した。

「あのぼうや――コウといったかしら? 彼、髪も目も、真っ黒だったわね。気を付けたほうがいいわ。あれだけ珍しい色彩だと、人買いどころか・・・ラクーア教に狙われる」

 ミナの口から出た言葉に、シルフィラはいやそうに眉を寄せた。

「わかってる。あんな色彩、二つとない。・・・多分、教会の力が強い町に入ったら、やばい。注意するつもりだよ。普段はフードをかぶせて歩くけど・・・」

「あんな宗教。規模は小さいくせして、あまりにも過激で・・・最悪よ。気を付けて」

 それに「わかってる」ともう一度返して、シルフィラは考え込む。純粋な黒髪黒目。それは、異端の黒。

 その後しばらく続いた沈黙を途切れさせるように、「おーい、帰ったぞ」と声をかける者がいた。魔術師二人が振り向くと、森の中から二つの人影が近付いてくる。大小の影だ。大きい方がリィン、小さい方がコウだ。

 二人を迎える魔術師の表情からは、さっきの会話の一片もうかがえなかった。

 

 ――そうして、夜はもうしばらく続く。




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