三章 “断罪と死” 1
ルイはトモを呼ぶとは、よく言ったもんだ。 ――呼びたくもないんだけどね。 夜が明けた後、四人は連れ添って近場の町まで歩いていた。遺跡の魔獣には賞金がかけられていたわけで、それを狙って倒しに行ったのだから、当然、その賞金を受け取りに行くのは当たり前だった。そこまでは異論はない。そこまでは。けど・・・。 「リィンよりよっぽどイケるわぁ! あんた、いいわね!」 「だろー? 色んなもんに強くて、俺ってばかっこいい!」 ・・・完璧酔っ払い。 同じテーブルについていたくないのは、赤毛の魔術師ミナの連れである剣士リィンも同じであった。 「・・・俺、今すぐこいつらから離れたい」 「俺もだ。でも、多分離れても寄ってくるよな、こういうやつらは。あ・・・、この酒うまいな」 「お、お前果実酒好きなのか?」 「かもな」 リィンの弱音に対するコウは、すでに魔術師たちを止めることは諦めているし、どうしようもないと腹をくくっている。なので、目の前にある酒をチビチビと飲んでいる。 ――いわずもがな、ここは酒場である。 情報収集の基本は酒場・・・というRPGゲームは、あながち間違いでもないらしい。賞金をもらった四人はまず宿屋に部屋を確保し、その後酒場に次の情報収集&酒盛りをしに来たのだが・・・酒は好きだが強くない魔術師二人組みは、三杯目を空けるころにはすでに出来上がっていた。そして今は五杯目である。 ちなみに、なんの因果だか、四人はしばらく行動を共にすることとなった。ひとえにミナがシルフィラの魔術の腕を見込んでのことだったが、別にシルフィラは反対しなかった。元よりコウに反対する権利も理由もなかったし、リィンに至っては理由があっても権利がなかっただろう。 「情報集めるんじゃなかったっけ?」 コウがポツリと呟くと、リィンが苦笑気味に答えた。 「ん〜・・・、まあ、後に回せば。多分こうなるだろうってこと、想像ついてたんじゃないのか? お前も」 「ま、大体わかってたけどさ・・・」 コウは呆れ気味に答え、また一口酒を口に含んだ。それはかすかに甘みのある、わりかしさっぱりとした類の酒だった。何が何だかわからないのでリィンと同じものを注文したのだが、リィン曰く果実酒だということなので、そうなのだろう。ちなみに、二人はこれが四杯目だ。全く素面だ。あまり飲まないが、酒には強い方なのだろう。そしてさらに、コウは本当ならまだチュウガクセイである。これほどに酒に強いのはなぜだろう・・・? 「・・・なんか、ソンだよな。あいつらはすでに出来上がっていい気分なのに、俺はまだ素面だし」 「言うな、それを。俺だっていつも思ってる」 酒に強い二人組みは、三杯目ですでに出来上がってしまった小うるさい二人組みをジトーと睨む。――なぜか、魔術師二人が意気投合するのに従って、余ったコウとリィンの二人も意気投合とまで行かなくても、話しが合う程度になっていた。周りに誰かいれば、二人は似た者同士だと言ってくれたかもしれないが、リィンはどうとしてコウはこの剣士と似ているとは言われたくないだろう。何しろいつも赤毛の魔術師に、蹴られて殴られて炎を飛ばされているのだから。 「・・・お前らうるせぇんだよっ!」 そんなこんなでしばらく酒を飲んでいると、突然酒場全体に響き渡るほどの大声で、誰かがそう叫んだ。 「・・・なんだろうね?」 「さあな・・・」 隣に座るリィンに話しかけ、コウは声の元凶をチラリと振り返る。すると・・・。 「・・・ええ? 俺たち?」 いかにも「この両腕の力こぶが自慢だぜぃ!!」とか言いそうな屈強な戦士が一人、これまた巨大な斧を片手にコウたちが座るテーブルを指差し、顔を真っ赤にして怒っていた。 「お前たちだっ! ほんっとに、うるせぇんだよ!! ガキが四人集まって、何をピーチク騒いでやがる! 俺たちは情報集めて、作戦会議の真っ最中だってのに・・・特にそこの二人! たった数杯で酔っ払うほど弱いんなら、こんなとこ来んな!!」 「あ、それ俺もそう思う」 コウはまくし立てる戦士の言葉に、思わずそう返してしまった。 「そう思うんなら、止めろ! 仲間の不始末は自分にもとばっちりが来るんだぜ、ボウヤ」 その結果、戦士はさらにいきり立ってしまった。コウは困ってリィンを見る。リィンは深くため息をついたところだった。次いで魔術師二人組みを見るが、何でどなられたかのわからないといった風で、片手にジョッキ抱えて突っ立っている。 「・・・あんまり相手を挑発しないでほしいよ、コウ」 リィンはコウに恨み言をはいてから、立ち上がった。 「あー・・・悪い。こいつら、黙らすから。すぐに」 リィンは、別にいいけどと首を横に振り、剣をベルトから鞘ごと引き抜くと、酔っ払い二人に思いっきり殴りつけた。 声もなく昏倒する二人。ジョッキが、ガシャンッと音を立てて酒を撒き散らしながら床に落ちる。倒れる二人の身体を、リィンは冷たい目で見下ろしていた。コウはというと、あまりに乱暴な、けれども鮮やかな手口に目を白黒させている。 「・・・すっげー」 コウが感想をもらすと、リィンは「ふっ・・・」と小さく笑った。 当の戦士はというと、これも呆気にとられている。まさか、仲間を殴りつけて昏倒させるとは思わなかったからだが、これはコウが驚いた理由とは大分違う。 コウはその鮮やかな手口に『感動』し、戦士はその行為に『仰天』したのだ。 「自分の仲間を・・・」 リィンは戦士のその言葉に、笑って「だってまだ飲み足りないし? ってか、こいつらこんぐらいじゃへこたれねぇし」と答えた。コウはそれに対して聞いた。 「お前、こっちのやつの性格も把握したのか、もう。それと・・・リィン。ミナ、平気なのか? 気付いたとき、殺されるんじゃ」 「いや、平気だ。酒入ると何も覚えてないから、こいつ。それに・・・シルフィの方は、こんなに簡単な性格のやつ、いないんじゃないか? 俺は性格把握元々得意だけど、こんな短期間でわかるくらい、こいつ単純だってことさ」 「ふ〜ん・・・」 リィンは、シルフィラのことをシルフィと呼ぶ。ただ一文字縮めただけだが、そっちの方がしっくりくるらしい。そしてコウはリィンのシルフィラに対する見解に釈然としなかったが、そうなのかもしれないと思うことにした。 「おいっ、無視するなガキ共!! まだ終わってねぇぞ! そいつら昏倒させたからといって、騒いでた事実は変わらねぇ。謝罪金、寄越しな!!」 戦士はコウとリィンの会話が途切れた隙を狙って自分の言葉を紛れ込ませた。 コウは呆れ返った。・・・それが目的だったのだ。いわゆる、『謝罪金』という『あり金全て』が。 「・・・結局それが目的か。まあ、普通そうだよな」 コウはため息一つ、納得した。どんな場合でも、金がせびれるならせびるべきだ。これは正当な主張だ、もちろん。コウはそう思っている。 「謝罪金、だと? そんなもの、あるわけないだろうがバカ共。バカは休み休み言え。――俺はこのうるさいやつらを黙らせてやったんだ。こっちこそ、金を貰いたいくらいだよ」 リィンが辛らつに言い返した。コウはギョッとしてリィンを仰ぎ見る。――彼は全く冷静でいるようだったが、普段の様子とは大いに違う。どう考えてもミナに蹴られて殴られてその上炎を飛ばされている彼とは、全然違う。声にドスがきいていて、顔も怖い。 (・・・もしかして、酔ってるのか? これ) コウは愕然とした。これが彼の酔い方なのかもしれない。こう、攻撃性が。そうだとすると・・・。 「おら、バカ共。文句があるなら、かかってきな!」 (やっぱりーっ!!) コウは慌ててリィンの横から避難した。魔術師二人も置いてけぼりで。今は、自分の身の安全の方が大事だ。 そのすぐあとに、憤慨して、酒のせいで元々赤らんでいた顔をさらに真っ赤にした戦士と、その仲間とが、リィンに向かって飛びかかっていった。・・・コウは、離れた場所からそれを見つめることしか出来なかった。
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