fate and shade 〜嘘と幻〜

三章 “断罪と死”   2





 日が昇っても、宿屋のベッドから起き上がれたのはコウ一人だった。

 コウは、纏ったローブのフードを外して今はその黒い髪と目をさらしている。昨日の酒場でもこのフードは外していなかったが、外していたらもっとすごい乱闘になっていたかもしれない。

 魔術師二人は、色々なところに踏まれたあとと打ち身をつくって二日酔い。剣士は全身に軽い打ち身や打撲やかすり傷を負って起き上がれない。そして皆一様にうめいている。

「あー、もうっ! うるせぇんだよ、うーうー言いやがって! 自業自得だろ?!」

 コウは起き上がれない三人に向かって大声を張り上げた。

「ああ、大声出すなよ、頭に響く・・・」

「そうよ、痛いし気持ち悪いし・・・サイアクなんだから」

 魔術師二人は弱々しげにそう言って、頭を抱えてベッドにつっぷす。

「俺のせいじゃねー・・・元はといえば、こいつらが」

「お前も一枚以上噛んでるだろ! お前が喧嘩買うから、あんな乱闘になったんだから!!」

 コウはまた大声を張り上げ、三人をベッドに深く沈めさせるのに成功した。

 ――昨夜。酒場での出来事。

 酒を飲んで酔っ払った魔術師二人組が騒ぎ、屈強な戦士がつっかかってきて、その喧嘩をリィンが買った。要するに、そういうことだ。

 リィンは、驚くことに、剣を使わなくても戦士&その愉快な仲間たちと互角に戦っていた。しかしやはり多勢に無勢。怪我の量も半端でない。最初から最後まで取っ組み合いの殴り合いで喧嘩をしていたのだから、打ち身打撲は当たり前。酒場のビンまで持ち出されれば、かすり傷だって負う。さすがに、それは卑怯だと思ったコウが、同じく酒のビンで応戦したが。ちなみにコウは、離れたところから明らかに致命傷狙いの攻撃を仕掛けていた。――まず、椅子を投げる。皿を投げる。フォークを投げる。ナイフを投げる。特にナイフ。もし頭や胸にでも当たったら、いくら料理を食べる用とはいえ致命傷になりうる。

 さらにちなみに、魔術師二人が踏まれたあとと打ち身をつくっているのは、リィンの足元にしばらくの間転がっていたからだ。

 魔術師二人は目覚めると同時に青くなって、リィンの首根っこをつかみ、ものすごい速さで一目散に逃げ出した。コウもそのあとを追って、四人は無事宿屋へ生還することが出来た・・・。つまりは、そういうわけだ。あの酒場へは二度と近付かないだろう。絶対修理代を払わせられる。

「・・・ったく、もう。二日酔いの薬とか傷薬とかって、宿屋の主人に言えばくれるのか?」

 コウが聞くと、それには鈍色の金髪をした魔術師の方が、

「ちょっと金出せば・・・。仕方ない。もらってきてくれ、コウ」

 覇気のない声で訴えた。コウはシルフィラのバッグを探り、賞金のお金が入った袋を取り出し、中をのぞいて渋面をつくった。

「なあ、どれくらい渡せばいいんだ?」

 コウは、こちらの貨幣を見たことがない。袋の中にはお札の紙が赤文字と青文字の二種類、金貨が大小二種類に、銀貨と銅貨が一種類ずつ入っていた。

「ああ・・・そうか。これと、これで平気だろ」

 シルフィラは気だるげに起き上がって、袋の中から金貨(小)一枚と銀貨を一枚取り出し、コウに差し出した。コウはお使いの子供さながらにそれを受け取って、部屋を出て行った。

 それを無言で見送っていたリィンが、訝しげにシルフィラへ目を向ける。

「おい、シルフィ・・・今の何だ?」

「・・・今のって?」

 シルフィラは不思議そうに聞き返した。リィンはその反応に困ってミナを見た。

「ほら、あなた、あの子は記憶喪失だって言ってたじゃない。そのことよ、多分」

 ミナは助け舟を出し、一瞬ぴんとこなかったシルフィラも、言葉を二回ほど反芻してやっと「ああっ!」と思い至って手を叩いた。

「そのことか〜。そうそう、コウは記憶喪失なんだよ」

 さも知っていて当然というように、思いっきり深刻なことを聞かされてリィンは思わず大声を出した。

「はあっ?! 何だ、そりゃ!!」

 だって、リィンは二日酔いじゃなかったし。でも二日酔いの二人組は、また頭を抱えてつっぷしてしまった。

「あ・・・悪い」

 リィンは声を落として、シルフィラに真剣な表情を向ける。

「記憶喪失って・・・どういうことだ? お前ら、相棒・・・はおかしいにしても、旅の連れ添いだか、幼馴染だか。そんなもんじゃなかったのか?」

 相棒にしては、コウは剣も持ってないし魔法も使えなさそうだ。ならば、何かの理由があって一緒に旅――賞金稼ぎをしているか、もしくは同郷の出身か。リィンは、そう考えていたのである。

「いや、違うよ〜。だって、俺ら知り合ってからまだ二日だし。昨日初めて会ったんだ」

「・・・はぁ?!」

 シルフィラはなんでもないかのように告げたが、リィンの受けたショックはかなり大きかった。元々この剣士は真面目で、ミナのようにある程度は柔軟な思考、というものを持ち合わせていない。目を丸くしたまま、石のように固まってしまった。

「あ、固まった」

 それを見たミナが、事実を述べるようにポツリと言った。

「う〜ん・・・確かに俺ら親しげに話してるけど、そんなに驚くほどのものなのか?だって、気が合えば誰とだって仲良くできるもんじゃないのか?」

 シルフィラは不可解だ、とでもいうように渋面をつくったが、ミナはその様子にため息を禁じえなかった。

(・・・こいつ、かなりの変人なんだわ)

 ――実際これは、シルフィラと付き合ったものが一度ならず五度も六度も感じさせられることなのだった。




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