三章 “断罪と死” 10
結界をはり終えたシルフィラは、寝転がってぼー、と空を見上げている。 月がある。星もある。木々の隙間からのぞくそれらは、太陽のようなきらめきや明るさはもたなくても、闇ばかりの夜をしっかりと照らす。 シルフィラは、夜空が好きだ。輝く太陽が嫌いなわけではないが、あれは、明るすぎる。時に、突き刺すような痛みを感じられるほど、何もかも照らしてしまう。 「・・・遅いなぁ」 ポツリと呟いた言葉は、半ば独り言のようなものだったが、ミナはしっかり聞いていた。彼女も同じように感じ始めていた。 「リィンが一緒なのに、おかしいわね。ぼうや一人だったら何だか時間かかりそうだけど、リィンは大人数の野宿には慣れているのよ? さすがに、遅すぎるわ・・・」 常にリィン一人でミナと二人分の野宿の準備をしている、という意味だが、それはそれで気の毒だ。シルフィラはそんなことを考えて、リィンのなんとも見事な奴隷っぷりに哀れみを込めて、ため息をついた。 「まあ、平気だと思うけど・・・」 シルフィラは無責任に言ってのけたが、ミナは眉をしかめて、そんなシルフィラに反論した。 「ちょっと。あのぼうや、記憶喪失でしょ? で、保護者みたいなものなんでしょ? 保護者が子供の心配しないでどうするの。あんまりほったらかしにすると、子供ってすぐグレるのよ?」 それはそれで反論の余地ありな言葉だったが、シルフィラは軽く笑って受け流した。 「子供とはいえ、コウは俺よりずっと順応力あるよ。それに、あんまり心配しすぎると逆にグレそうだ。――反抗期なのかな? ミナは、リィンっていう大きな子供が心配なわけ? グレないように、構ってあげてるの?」 いじわるな物言いに、ミナは瞬間唖然とする。が、そこはそれ。彼女は、無言で怒った。シルフィラに向かってにっこりと笑いかけると、短縮詠唱「火の槍」を、躊躇なく唱えた。 「あ、うわぁっ?!」 さすがに驚いたシルフィラは、文字通り転がってそれを避けた。目標を通り過ぎた火で出来た槍は、森の奥向かって飛んで行く。そして、着火。 (う、うわ・・・森林大火災!) くしくも、それはコウがシルフィラと初めに会ったとき言った言葉と同じものであった。 「何でもかんでも燃やすなー!!」 違ったことといったら、シルフィラは魔術師だということ・・・。 「我が求めしものの姿よ、成して見せよ! 水の泡!」 即座に紡ぎだされた詠唱とともに、着弾した火が燃え広がるのは防いだ。しかしそれは、決していい結果を生み出さなかった。 「・・・魔術師か?!」 「誰だっ?!」 突如聞こえた第三者の声に二人が身構え、詠唱するより早く、声の主は森の中から大きな網を投げつけてきた。 「?!」 避ける間もなく、網にかかった二人。ひどく原始的だが、効果は抜群。 「ちょっ・・・! 何よ、これー!!」 バタバタとあがいて出ようとするも、余計に絡まって身動きがとれなくなってしまう。シルフィラは早々にあがくのを止め、魔術で網を切り裂こうとする。しかし・・・。 「おっと! 大人しくしてくれよ、魔術師さん」 背後で聞こえた声に反応する前に、鈍い音と、ミナが叫ぶ声が聞こえて・・・ふっと目の前が暗くなった。
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