三章 “断罪と死” 11
話し声が聞こえる。 うるさい・・・とどなろうとすると、なぜか声がかすれている。目がうまく開かない。小さく動くと、ズキッと頭に痛みが走った。 「コウ、コウ? 起きたのか? 平気か?」 痛みの余韻に声なくもだえるコウに、話しかける声があった。 「起きたのか?」 「ああ、多分。――まだ覚醒しきってないみたいだけどな」 二人分の話し声。コウは薄く目を開いた。 ――妙に薄暗かった。視界が揺らめくので眩暈でも起こしているのかと一瞬思ったが、よく見ればそれは灯された松明の火が揺れる光だった。 コウは、右頬を地面につけて、倒れていた。 (――貧血持ちじゃなかったはず、なんだけどなぁ・・・) この世界へ来た直後に思ったことを、再度思う。でも、貧血にしてもずいぶんと痛い思いをするもんだ。貧血って頭がズキズキするものだったろうか。・・・何だか違う気がする。頭痛を誘発するとは聞かない。それとも、倒れたときに頭でも打ったのか? 頬に触れる感触が固い。石、だろうか。固くて、ヒヤリと冷たかった。 覚醒しかけた意識が、自分の置かれた状況を理解し始める。――ここはどこだ? 一体、何が起きた? 「コウ、分かるか?」 もう一度、声が話しかけてきた。聞き覚えのあるその声。 「・・・分かる」 返事をした声が、少しかすれていた。頭は相変わらずズキズキ痛む。 「全然起きないからさ。よっぽど強く殴られたのか、ってさすがに心配したけど」 「・・・ここ、どこだ?」 「俺たちが目指していた町だ」 答えたのは、もう一人の声。 「・・・リィン?」 「なんだ?」 それはリィンだった。けど・・・何だか妙に声が低い。 「ああ、リィンも一緒だ。ミナはいないんだけど・・・。俺たちは今、別々の檻の中に閉じ込められてる。連中の考えはよくわからないけど、どうも、強い魔術師を探しているみたいだ。コウ、お前は殴られて、昏倒させられたんだ。――立てるか?」 『殴られて、昏倒させられた』。なるほど、記憶を辿ってみると、ある一点でブツリと途切れている。焚き木を拾っていて、後ろからガサリと音がして、そして・・・。きっと、その時にやられたんだろう。 言われるままに立ち上がろうとするが、動くと酷く後頭部が痛んだので、断念する。ゆっくりと体勢をととのえて、床に座ることにする。 「ムリ、立てない・・・。頭痛ぇ」 「うーん・・・やっぱり、よほど強く殴られたみたいだね。俺も殴られたけど、そこまで酷くなかったんだけどな」 「あんたが魔術師だからだろ、シルフィ」 リィンが、低い声で言った。ドスがきいている。顔が見えないので、どんな表情をしているかはわからないが――怒っているように感じた。 「リィン、怒ってるのか?」 かすれた声でコウが聞くと、リィンは「当たり前だ」と即答してきた。 「俺は殴られてないけどな・・・。やつら、何したと思う? お前の姿が消えたからミナたちのところに戻ったら、シルフィが昏倒してる。ミナは魔封じの腕輪をされてるし、お前は誰かに小脇に抱えられて、頭から血流してる。そんなお前らを盾にして「大人しく拘束されろ。手荒な真似はしない」って、もう十分してんじゃねぇかよ、この野郎! って感じだったぜ」 ・・・血? 自分が怪我をしている自覚なんてないコウは、この頭の痛みが、殴られただけのものでないことに、今気付いた。手をやると、包帯らしきものが巻かれている。血は止まっているのだろうが、なるほど、確かによほど強く殴られている。 「血は止まってるだろ? リィンから聞いた限りでは、命に関わるほどの傷じゃないと思ったんだけど。――それにしても、よりにもよって魔封じの腕輪なんてね・・・。魔術師にとっては致命的だし、何より屈辱だ。直前に魔法を使っていたから、で、連中の目的が魔術師だってことだから、ミナは隔離されているんだろうけど・・・無事かな」 シルフィラは、誰に聞くでもなくそう呟いた。 『魔封じの腕輪』。それは、魔術師の魔法を封じるための道具だ。特殊な鉱石を使って、普通の詠唱ではまず使わない魔法式という文字を用いて、魔術師の魔法を束縛するためだけにあるものだ。 魔法は、精霊の力を自然の中から引き出して使うものだとされている。誰が確認したわけではないが、精霊自身が、そう言っているのだ。――精霊。彼らの存在は、謎に包まれている。 自然界に火が燃えるのは、水が溢れ流れるのは、風が吹くのは、土が植物を育てるのは、全て精霊のおかげなのだと、精霊自身が、昔、誰かに、どこかで、言ったのだという。なんとも曖昧なことだが、そうらしい。そして、なんの確認もなくても、それを直感的に感じている者たちがいる。それが、魔術師の存在だ。 魔封じの腕輪は、精霊とのつながりを絶つ。実際に、魔法が使えなくなる。しかしそれは、犯罪者に使うもののはずだ。そんなものを施されたあの赤毛の魔術師が、黙っているとは思えない。 「・・・ミナは、無事だろう。なんの理由があるか知らないが、魔法を使えない俺たちのことも無傷で連れてきたってことを思えば、必要としている者まで、傷つけたりはしないはずだ。でも、一人にするのは、良くない。一人にしたら、ヤバイんだ・・・」 リィンの声には、苦渋が表れていた。シルフィラとコウは敏感にその声の調子に気付いて、リィンに問いかける。 「何で、一人にするとヤバイんだ? 暴走するからか? それだったら、今更なことだと思うけど・・・」 「いや、コウ。ボケて言ってるのかもしれないけど、今リィンかなりシリアスだから。あんまり、気に障るようなこと言わないほうがいいぞ」 だって、暴走しそうじゃないか。コウはそう思ったが、それ以上は言わない。 ――相手の変化に気付く力はあっても、それが、どこに起因したものか、どういう類のものかといったことには、とことん鈍いコウである。 「別に、暴走って単語が間違ってるわけじゃない。でも、暴走するのは・・・魔法のほうだ。――あの火の魔法が、勝手に暴走するんだ」 リィンは、それこそ頭を抱えてしぼりだすという表現がぴったり当てはまるような声で言った。実際、そうなのではないだろうか。シルフィラからもコウからも姿は見えないので、わからないが。 「・・・それって、ミナは火精霊の『愛し児』なのか?」 「・・・ああ。だから、魔封じの腕輪なんて、本当に使わなきゃいけないときには、効かない。それどころか、逆効果だ。ミナとのつながりを絶たれた精霊が、いつまでも大人しくしているとは思えない」 「どうもその口ぶりだと、暴走させるのを見たことがあるんだな? 規模は? 確かに、ミナの火系魔法は強いと思ったけど・・・実際に暴走を見たことはないんだ」 「俺だって、あいつ以外に魔法の暴走なんて見たことないさ。でも・・・ひどいぞ。前のときは、町一個焼いた」 世界の常識が違うコウは、その話に割り込むようなことはしなかった。ただ、聞いていた。だが、『町一個焼く』という言葉に、パッとひらめいた。 「・・・なら、暴走させればいいじゃないか」 その言葉に驚いたのは、リィンだけだった。 「コウ?」 「町一個焼けるくらい、なんだろ? なら、焼けばいい。今俺たちがいるここがどこだかは知らないけど・・・俺たちが目指してきたのは、『町』だ。で、常套に考えるなら、ここがその町だろ?悔しいけど・・・ハメられたんだってことはわかるし。理由はわかんないけど、ここが目的地の町で、俺たちはひどい目にあってて。なら、ぶっ潰して悪いことは何もないはずだ」 ――さすがにその物騒な物言いには、同じことを考えていたシルフィラでも唖然となる。 「・・・コウ?」 呼びかける声に、心配そうな調子が混じる。コウは、それに答えず考えていた。まず、自分たちはどうやってここから脱出すればいいのか。ミナはどこにいて、暴走するまでどのくらい時間が取れるのか。冷静な思考が、答えをもたらしてくれる。コウは、それに任せるままでいた。 「多分、ミナは戻ってこない。宿屋のクソ狸親父が言ってたけど、魔術師には片っ端から声かけてたらしい。それにどのくらいのやつが頷いたかはわからないけど・・・俺たちみたいに、ここへ来たやつもいるはずだ。どうしてもう一人魔術師がいるのに隔離しないのかはわからないけど、もしかしたら、そのうち迎えにくるかもしれないな。で、魔術師でもない俺たちをここに捕らえて、まだ殺しも逃がしもしてないってことは、生かすつもりなんだ。脅迫の材料にでもしているのかもな・・・素直に従えば、仲間の命は助けてやる、とかって」 的確な考え、だった。シルフィラは難しい表情を浮かべ、リィンは感嘆するように短く声を発した。コウはまだ続ける。 「生かすつもりがあるなら、どうにかして抜け出せばいい。食事くらいは持ってくると思うから、その時鍵を持っていたら、奪う。出来なければ、どうにかして・・・とりあえず、何とかここを出られれば」 そこまでの考えは出てこない。コウは渋面をつくった。 「・・・コウ。君は、策士としてやっていけそうだね」 シルフィラが発した言葉は、彼の性格から考えると珍しいであろう、皮肉だった。 「策士? 俺が?」 顔が見えないことは恐い。コウは、その言葉をシルフィラがどんな表情で言ったのか気付かない。 「ああ。この状況でそれだけ冷静に的確な指示を出せるんなら、立派に策士としてやっていけるよ。・・・でも、忘れないで。その冷静さは、時には残酷ですらある」 「残酷・・・?」 思いもかけない言葉に、眉をしかめたコウ。シルフィラは小さく笑って、続ける。 「自分がやられた。だからやりかえす。それは自然の摂理だし、納得できる感情だ。でも、ダメだ。全てを物事としてとらえるのは、良くないよ」 コウは黙り込んだ。自分がそんな考え方をしているのか、わからない。きっと今自分の顔を見る人があれば、子供みたいな表情だと思うのではないか。そんな感じだった。 「――まあでも、その考えには全面的に賛成だよ。ここは牢屋のようだから、食事を届けにくるとしたら、牢屋番が来るだろう。多分、鍵持ってるんじゃないかな? ま、どっちにしろ、俺がいるから平気さ」 「随分、自意識過剰だな?」 コウが説教された仕返しとばかりに口を聞くと、シルフィラはニヤッと笑って(コウに見えていたら実際そうだろうとしか思えない声で)言った。 「だって、俺強いし? いくらでも方法はあるし。大丈夫、だいじょーぶ」 軽い口調で言われたコウは、深くため息をついた。 「・・・お前ら、一時とはいえ仲間になったやつを、心配とかしないのか?」 その時、リィンが情けない声で聞いてきた。それに対する二人の答えは・・・。 「え? してるじゃん? でも、今さら暴走がどうしたー! って感じがするからさ」 「コウはそう言ってるけど、俺はさっきからちゃんと心配してただろ? 一緒にするなよ、リィン」 コウは薄情、シルフィラは適当、といったところだろうか。
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