三章 “断罪と死” 18
「はるか昔とも、近き昔とも言われておる。この世に、一人の者が現れた。黒き髪、黒き瞳、それに、四対の黒き翼をもち、数多の黒き羽を体中にそなえし者だ」 男は突然語りだした。あまりに唐突な言葉の始まりに、コウは戸惑った。男はなおも、まるで劇を演じるかのように手を広げ、続ける。 「その者は多くを知り、だが多くを語らず、一人、旅を続けた。そして多くの者がその者のもつ知識を求めて後に続いたが、そのほとんどは厳しい道に挫折していった」 淡々と。動作は芝居がかっているというのに、言葉だけはただ淡々と。それでいて朗々と。それは、なんだか滑稽な様子に見えて、それでいて男の表情はどこまでも真面目で。 「ついに、たった一人だけが残った。・・・それが魔術師の祖先だ。彼は黒き者から、精霊を知る方法を教わった。精霊と付き合う方法を教わった。そして、この世界の成り立ちを知った。それからの生涯、彼は精霊と共に世界を生きた。――彼は多くの弟子をとったが、世界の成り立ちだけは、誰一人にも教えずに逝った」 男は、そこで言葉を切った。コウは男の言葉を、その内容を繰り返して、考えるまでもなく『異端の黒』とは何かを理解した。 「・・・つまり、その全身真っ黒なやつが、異端の黒ってやつなんだな?」 「その通りだ」 「でも、どうして俺のことまで異端の黒って呼ぶんだ?」 男はまたふむ、と言ってあごに手をやり考え込んだ。 「お前は・・・鋭いのか鈍いのかもわからない。普通に考えてみたまえ。それほどに偉大な異形の者だ。今なお崇敬されて当然だろう」 コウはその言葉に考えて、しばらく経ってから言った。 「つまり・・・黒い髪とか目とか、黒い服とか着てるヤツは、その『異端の黒』と結びつけて見られるんだ?」 ふむ、そういうことになるな、と言って男は鷹揚に頷いた。 でも、コウにはまだわからない。この話のどこが、男のことと結びつくっていうんだ? 「・・・なぜこの話をしたか、そもそもをわかっておらぬな。お前」 男は、まだわからないといった顔をしているコウを見てまた「鋭いのか鈍いのか、とんとわからぬな・・・」と呟いた。その口調は、呆れているようにも見えた。コウはそれに思わずカッとなり、反発した。 「お前がはっきりきっぱり話さねぇからだろっ! 何が言いたいのか、一発で言えよ! 俺が異端の黒だと、なんだってんだ? 何か変わるってのか? ・・・それともなにか? 異端の黒って呼ばれるヤツら全員が、尊敬されて、特別な力でももってると?! ・・・ざけんな。それだったら、俺だって魔法の一つや二つ使えるだろうし、今こんなとこで捕まったりはしてねーだろ?!」 結局は、こうして何もわからないままに今捕まっているわけだ。それがなんだか、どうすることも出来ずに誰かの手の平で踊らされているみたいで、ひどくムカつく。 「・・・やはり、子供だな。すぐムキになる。そしてやはり、お前は自分の価値を全く知らぬ。魔法など我の前では取るに足らぬものであり、お前にとっては玩具のようなものであろうに」 「あ? 子供だと? ふざけんな。意味わかんねぇことばっか言うんじゃねーよ。わかんねぇことばっか重なれば、誰だって多少はキレるってんだよ」 コウの目は完璧にすわっている。――この男と話していると、神経が逆なでされっぱなしだ。まず捕まったし、わけのわからない話をしてコウを惑わすし、さらにはコウに『自分の価値を知らない』とのたまう。どんなお偉いヤツだ。そんなに自分に自信をもつほど、特別なヤツだっていうのか。・・・ふざけんな。 「・・・まあ、よい。深く知られてはかえって後が億劫だ。せいぜい、考えるがいいさ。異端の黒よ」 コウはその呼び名に、またカッと頭に血をのぼらせた。 「ふ・・・っざけんなー!! 教えんなら最後まで教えろっ! 肝心なとこばっか残すなよ! 何様のつもりだっ!!」 しかしその叫び声はすでに相手に届くことなく。 男の姿は、部屋のどこからも消え失せてしまった。はじめから、そこにはいなかったかのごとく。 コウは、男の消え去った後も叫び続けた。思いつく限りの罵倒をするが、何一つ変わりはない。跳ね返るのは、自分の出した言葉だけ。その言葉の羅列はまるで、自分自身に言っているようかのだった。
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