三章 “断罪と死” 21
「ち、ちょっと、どうしろってんだよ?!」 目の前で繰り広げられる、どう考えても自然の法則を完璧に無視している魔法の数々に、コウは慌てた。ましてやそれが、自分の知っているヤツの引き起こしている現象だとすればなおさらだ。 『・・・ねえ、助けてあげよっか』 慌てるコウの耳に、直接言われたみたいにいきなり声が響く。いや、違う。音は聞こえなかった。声は空気を震わせず、コウの元へと届いたのだ。 「だ、誰だっ?!」 コウは狼狽して話しかける。高くも低くもない声が、コウに答える。 『コウが信じるなら、ボクは誰でもあるしどこにでもいる。だから、誰だって言われてもわかんない。それより・・・どう? 助けてほしい?』 「ふざけんなよ、変なヤツばっかしうじゃうじゃ出やがって・・・。誰なんだ?!」 『だから、わかんないってば。それに変なヤツってひどいよ! そんなこと言ってると助けてあげないからっ! あの魔術師だってやられちゃうよ?』 「な・・・なら、早く助けやがれっ!」 コウが慌てると、声はケラケラ笑った。 『助けてほしい? 頼めば助けてあげる。コウの頼みなら聞いてあげる』 「・・・それなら、別に助けなくていい。頼むなんて、まっぴらだ」 コウは強がりを言った。声はまたケラケラと、さっきよりもけたたましく笑った。 『うん、それでこそコウだよね? いいよ、助けてあげる〜』 「はいっ!!」 いきなり間近で聞こえた、子供の声。コウはぎょっとする暇もなく、いきなり尻から勢いよく地面に落ちた。それと時を同じくして、コウの目の前で繰り広げられていた炎&風&水のおかしな攻防戦も、全くなんの余韻も残さず、ぱっと止む。 「?! なんだ・・・?」 「これ、は・・・まさか」 シルフィラと男は、そう声を上げて立ちすくむ。 「お前なー! もうちょっと優しく助けろよ!」 その二人のところに、底抜けに気が抜ける声が届いてきた。 「ごっめ〜ん! でもちゃんと着地してね、頼ってないで」 「せめて一言先に言えよっ?!」 「言ったよ〜。『はいっ!!』って」 ・・・コウ、誰と会話してるんだよ? 唖然と、シルフィラはコウの方を顧みた。そこには・・・なんだか黒っぽい小さなナニカが。宙にふわふわと、上下に揺れながら浮いていた。シルフィラはしばらく硬直したあと、ゆっくりと、ため息を吐き出した。 「・・・変なモノに好かれてるね、コウ」 気が抜けた、と呟いて、シルフィラはその場に座り込む。座り込んだままミナとリィンの方を見ると、まだ硬直している。やはり、回復が早いわけではないようだ。 男の方を見る。すると、男は・・・喜んでいた。満面の笑みを浮かべている。気味が悪いくらいに。 「まさか・・・貴方が付いているとは思いもしなかった」 男の口調が、少し変わる。畏怖を、尊敬を込めたような、厳かなものへと。 「・・・ああ、キミ? ひっさしぶり〜、元気してた? って聞くまでもなく、元気してたよね。上手に悪役やってるじゃん、感心感心」 その言葉にコウが、嫌悪を込めた視線でそれを見る。するとそれは、「あ、でもコウに嫌われそうだから、やっぱり感心しないな〜」と言い直す。 「・・・精霊、か?」 シルフィラがぽつりと呟いた言葉は、聞こえないと思ったがばっちり聞こえていた。 「精霊っていうか〜、精霊だけど〜、なんていうか。ボクはいつも独立してるから、君たちが知ってる精霊とはちょっと違う。まあ、説明は難しいし面倒だから止めとく。それより・・・」 それはそう言って、コウの目線と同じ高さまで下がってきた。そして、問いかける。 「どうしたい、コウ。コウは一体どうしたい?」 その言葉を聞いて、男がふうとため息をついた。「貴方に会った時点で、もう抵抗も無駄だな」と、さっきまでの強気さもなく諦めたように言った。それでもやはり、顔面は喜びで満ちていた。 「どう、って・・・」 「コウは、どうしたい?」 戸惑うコウに、それはもう一度問いかける。目が、答えを待つようにキラキラ輝いている。 「ヒトを裁くのは、ヒトでしかあり得ないんだろ? 前にボクにそう教えた人間がいたよ」 コウは頭の中でもう一度、その言葉を繰り返す。どうしたい?君が、コイツを裁くんだよ。暗に、そう告げていた。 「殺したい? そんな必要もない? どうしたい、コウ? 君がボクを目覚めさせたんだよ。ボクは君を守ってあげるつもり。なんの力もない君を。だって、可愛くて面白いんだもん」 コウは呆然とかぶりを振った。 「殺すなんて・・・そんな必要、ねぇよ。もうちょっかい出さなければ、俺は裁くつもりなんてない」 でも、絶対またちょっかいを出すよ。君は使える『道具』だから。 それはまたそう言って、コウに判断をうながした。コウは柄にもなくひどく狼狽して、つい助けを求めるようにシルフィラへと視線を向けた。シルフィラは黙って首を横に振っている。ダメだ、の形に口を動かした。 「・・・じゃあ、遠くにやってくれ。遠くの海でも、孤島でも。二度と俺たちに会えないようなところへ」 コウは迷ったあげく、そう言った。苦し紛れだが、それしかいい決断を思い浮かばなかった。 それはくりっと目を光らせて、「それでいい? それでいいんだね?」と声を上げた。 「じゃあ、いっくよー!!」 嬉しそうなそれの声。コウたちは緊張したように、そろって唾を飲み込んだ。一気に戦意をなくし、諦めたようになってしまった男は、飛ばされるまでのわずかな時間にコウを見つめた。無表情の下に、複雑な感情が映った。 「・・・また、会おう」 そして一息に消え去った。音もなく、それ以上の声もなく。 後に残されたように、コウはそれ以上の言葉もなくたたずんでいた。 その後、町を燃やした事実を思い出し、一行はその場から逃げた。そのうち近隣の自警団が、何事かと調べにくるだろう。その時犯人だと思われたら(犯人だが)一大事だ。犯罪者になってしまうではないか。 その道中、誰ともなく思った。 ああ、また変な旅連れが増えたもんだ。 やはり、ルイはトモを呼ぶ・・・呼びたくはないのにね。
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