fate and shade 〜嘘と幻〜

間章   2





「うーんと、ボク、黒精霊って呼ばれてるんだけど・・・」

 そのナニカは、しばらくのあとそう話を切り出した。

「だけど、何」

 不機嫌そうに聞いたのはコウ。早く先を言え、とすごんでみせる。声からにじみ出る様子が、これ以上ないほど不機嫌丸出しだった。

「あのね、ボクには決まった名前がないんだ。ホラ、人間みたいな呼び名。だからー、どうしよ? 黒精霊なんて呼ばれたくないし、だからっていって、クロなんて安直な呼び名もやだよ〜?」

「だから?」

 コウはそのおちょくったような話し方に不機嫌を通り越して不快感すら覚え、明らかに敵視する姿勢で自分を黒精霊と名乗ったソレを見つめる。ソレはその視線に「やだよ、コウ、目が恐いよー?」とやっぱりおちょくったように返して、さらにコウの機嫌を悪化させた。

 その二人の様子を、シルフィラたちはそろって射抜くような目で見つめていた。コウはその視線の鋭さに気付かない。黒精霊と名乗ったソレは、気付いていて意図的に無視している感じだった。

 その視線の鋭さには、魔術師独自の感覚と剣士の敏感な気配を読む力が関わっている。明らかにおかしい。三人とも、そう思っていた。

 魔術師二人にとってみれば、それは精霊だけど精霊じゃない。普通の精霊と違って、見ることが出来て触ることが出来て、だけれども精霊としての力も感じる。だがどこかその力が・・・雰囲気がどう考えても精霊ではない、という意味がわからない存在。視線の中にはどこか戸惑ったような色も見受けられる。

 剣士にとってみれば、それは魔術師達とは全く違った見方で、備わった剣士としての自分の感覚からいって、『良くないモノ』だと知ったのだ。精霊だどうだということが問題ではなく、その気配が・・・どちらかというと魔獣のそれに極めて近かった。

 そんな三人の心中などいざ知らず、コウは、はたから見ればいたってのんきに会話し続ける。

「ボクに名前をつけてほしいんだよ〜、コウ」

「なんで俺がお前の名付け親になんないといけねぇんだ?」

「ボクが認めたから! あと面白いから!!」

「ざけんなっ! 人で遊ぶんじゃねぇ!!」

 ――ああ、平和。その黒精霊は小さく、コウの顔の前でふわりふわりと浮かんでいる。それに今にもつかみかかりそうな空気を見せながらもすごんでみせるコウの姿は、なんだか毛を逆立てたネコのようで。受け流す黒精霊の姿もまたつれないメスネコのように、じんわりと会話を長引かせる。ネコ対ネコ、勝敗はいかに。・・・多分、勝つのは黒精霊だろう。その結果が予想できてしまうのがまたなんとも言えない。

「冗談冗談・・・怒らないでよ、コウ。でも、君がボクに呼び名をつけるのは重要な儀式だよー?」

 そして続く言葉は、打って変わって真剣味を帯びたモノだった。

「ボクは、コウを守ってあげると決めたんだ〜。これは、儀式であり、契約だよ。君が呼べば、ボクが助ける。コウに降りかかる害は全て取り除いてあげる」

 だが、コウはその言葉に皮肉をもって返した。

「はっ! ご大層なもんだな! 誰かを守るとか言えるほど、自分は強いってのか?」

 黒精霊はニッコリと笑って、一言。

「うん、ボクはこの世界の誰よりも強いよー!」

 毒気を抜かれたように、または反論する言葉をなくしたように、コウは微妙な顔で黙り込む。あまりに自信満々な言葉が、かえって真実味を帯びている。第一、思い返せばコイツ人じゃなかった・・・。今さらながらにコウはそのことを思い出す。

「・・・前にコイツもそんな感じのこと言ってたぞ。俺は強いから! って・・・」

 そう言って親指で指し示したのは、シルフィラであった。黒精霊はその言葉に興味を覚えたのか、シルフィラの眼前へとふわふわ移動する。

「ふーん・・・強い、ね。確かに、キミは強いよね〜。でも、本当に強いのはキミ自身?」

 その言葉に、シルフィラの表情がほんのわずかこわばる。変化は微々たるもので一番近くにいたミナにも、それはわからなかった。けれど、黒精霊にははっきりとわかった。ニッコリと笑って、無邪気に返事をうながした。

「どう?」

 シルフィラはゆっくりと鮮やかな笑みを浮かべながら、宙に浮かぶ黒精霊をベシッと叩き落とした。

「「「!!!」」」

 シルフィラのその乱暴な行動に、ミナ、リィン、コウの三人は目を見張った。

「うー・・・痛いよぉ!!」

 地面に叩きつけられてしまった黒精霊は、鼻を押さえながらまたシルフィラの眼前へと浮かびなおす。シルフィラは言い放つ。

「強いよ? もしかしたら、お前よりも」

 鮮やかすぎる笑みが逆に恐い。脅すような声音だったが、黒精霊はなおも無邪気に返事をする。

「そっか〜! じゃあ、頼りにしてるよ、お兄さんっ!!」

 ・・・なんだか、前途が不安だ。

 ただ一人、リィンだけがそう思った。




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