間章 5
「ミナ・・・」 「・・・だから、謝ってるでしょ? 別に干からびたわけじゃないし、怪我したわけでもないし、いいじゃない」 「でもね、お湯にしちゃうのはちょっとやり過ぎじゃないかなー・・・って思うんだけどさ、俺は。しかも川だよ? 流れあるのに・・・」 流れの遅い川だったことが災いした。ミナが放った何発もの「火の槍」が、川の地形を少し変え、その水をお湯へと変えてしまったのだった。 「だから、謝ってるでしょ?! ここで水浴びすれば冷たい水浴びなくてすむんだから、むしろ感謝されたいくらいだわ、私は!」 ・・・あ、逆ギレた。 コウは、そんな調子のミナと、怒ってるんだか戸惑ってるんだかよくわからない表情をしているシルフィラの言い争いを見つめていた。いつもの通りに。 「コウ・・・」 「俺は知らねー。何もやらねー」 「でもこのままじゃまた・・・」 炎を飛ばす、と。心配そうに、実に心配そうに囁きかけてくるリィンに、コウは興味も示さない。うっとおしそうに手を払うだけ。そして案の上・・・ 「あーもー!! うるさい!」 短縮詠唱「火の槍」。シルフィラは予想していたことなので実に簡単に避けたが、けれどコウが近くにいるせいで強化されたそれは、しっかりとまたまた森林火災の引き金になりかけた。・・・さらに言えば、ミナが三人と離れている間に使った短縮していない「炎の槍」も、しっかりと強化されていたのだが。黒精霊が森に燃え移るのだけは防いだようで、森林火災にはなっていなかったというだけで。 「だーかーらー!!」 シルフィラも同様に短縮詠唱で生み出した「水の泡」をばらまくように破裂させ、炎を消し止める。 ラチがあかないと思った二人は――正確に言うならばコウと、コウに引っ張られて無理矢理その場から引き離されたリィンは、シルフィラを置いてとっとと川に向かった。 ミナの髪はすでに熱気で半分乾いているようで、汚れを落とした髪が真っ赤に燃え立っている。背後に実際炎を背負っていれば、なおさらだ。 二人は川に足を浸しながら、騒ぎが終わるのを待った。するとしばらく経って、シルフィラ一人が姿を見せた。 「もう・・・炎の魔法を使うなら、環境には気を使わないといけないだろうに」 ブツブツと呟きながら姿を現したシルフィラは全く無傷で、さっきのケンカが対した規模のものではなかったことをしっかりと見せつける。 「待たせた? 先に入ってても良かったのに」 「女が近くにいたら、入れねっての」 コウがため息混じりに答え、服を脱ぎ始める。リィンとシルフィラも服を脱いで、三人は川に身を浸す。ミナがお湯にしてしまったのは三人が入っているところよりもっと下流なので、水は冷たいままだった。 「さすがにもう温度は戻ってるだろうけど・・・」 シルフィラは「なんであんなに強い魔力をもってるんだか・・・」と疲れたように言い、頭まで水につかる。 それからちょっとの時間、三人は無言だった。小さく水音だけが響いて、川はゆったりと流れていく。 短い髪のコウとリィンはガシガシと乱暴に髪を洗ったのだが、 「シルフィ、髪、長いよな」 リィンのこの言葉を皮切りに、また会話が始まる。 シルフィラの髪は、確かに長かった。腰元まで届くほどまでに伸ばされた、鈍い金色の髪。いつもは一本にくくられているその髪を今はほどいて、丁寧にゆっくりと髪を手ぐしで梳いている。ミナとは違い、汚れや泥を落としても色合いはたいして変わらず・・・どちらかといえば、より鈍い、金属のような輝きすら放っている。 「んー・・・伸ばす理由もたいしてないんだけどね? なんとなく、伸ばしっぱなし」 苦笑いのような妙な笑顔でそう言うシルフィラは、丁寧すぎるほど丁寧に、その髪を手で梳いていく。 コウはふと、シルフィラの右手に見知らぬ何かの輝きを見た。 「その右手の・・・なんだ?」 コウとしては何気なく聞いたつもりだったのだが、シルフィラはよほど予想外の質問だったのか、一瞬ビクリと身を震わせた。その行動をいぶかしく思いながらも、コウは答えを待った。 「あ、これ? これは、髪留め。それで、お守り・・・みたいなもんかな?」 ・・・髪留め? コウはシルフィラが髪留めだというそれに興味を示し、水をかきわけ近付いた。 「あ、見る? ・・・はい」 シルフィラは近付いてきたコウにその右手のものを渡し、微笑んだ。 暗くてはっきりとは見えないが、それが何か細かな細工を施されたものだというのはわかった。光ったように見えたのは、金属のようなもので出来ていたからだろうか。手に乗せるとヒヤリとわずかに冷たい。大きめの指輪のようなもので、親指にはめてみたがかなりぶかぶかだった。だからといって手首にはめられるほどのものでもない。なんとも中途半端は大きさだ。 「これはこうなってるんだけど・・・」 シルフィラは返された髪留めを受けとって、パチリとその輪を外してみせる。一本にした自分の髪をくるむようにしてもう一度留める。 「へえ、飾り留めか? 珍しいな。第一それ、普通女性が付けるものだろ?」 リィンの言葉にシルフィラはさびしそうに言った。 「お守りみたいなものって言ったろ? これは・・・母さんの形見、だから」 その言葉にハッとリィンは口をつぐみ、自分もさびしそうな目になりながら、「悪い・・・」 と謝った。 「気にすんなよ」 とは言ったものの、シルフィラはやはりさびしそうに微笑むのだった。 二人の笑顔に同じ種類の感想を抱きながら・・・コウはそれきり、黙り込んでしまった。
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