fate and shade 〜嘘と幻〜

間章   6





 汚れを落とし服を着替えてミナの元へ行くと、ミナは退屈そうに炎を見ていた。三人に気付いて一言。

「遅いわよ」

 微妙に不機嫌そうだったが、炎を飛ばすほどではなかったようだ。そのことに安堵しながら、帰ってきた三人もおのおの好きな場所を見つけて、炎を囲む。

 四人の間に、静かな沈黙が下りる。決して不快なものではなく、時々炎のはぜる音だけが響いて、音自体は鳴り止まない。それぞれ考えることは違っても、真ん中に囲む焚き火の炎を見つめていることだけは同じだった。

 濡れた髪を静かにふきながら、シルフィラもやはり同じように焚き火に見入っていた。水分を取りきるまで随分時間がかかり、その後、櫛も何も持っていないシルフィラは軽く手ぐしを通してから、髪留めでまとめようとした。

「シルフィラ」

 まとめようとした矢先、炎のはぜる合間にミナが声をかけた。シルフィラが炎から目を離して見ると、ミナは炎越しに、向こう側からシルフィラを見ていた。

「何?」

 シルフィラは聞くと、ミナはちょいちょい、と小さく手招きをする。シルフィラがなんだろうと思いながらもミナのそばまで行くと、ミナは自分の手荷物の中から一つのモノを取り出した。それを見て、シルフィラが苦笑混じりに言う。

「ミナ、いいって! 面倒だし、別に・・・」

「私より長いくせして、何? たまに梳かさないと絡まるわよ?」

 渋々と、シルフィラは頷いた。・・・確かに、絡むのは事実だ。

 ミナが荷物の中から取り出したのは、櫛だった。シルフィラもよく見たことがある代物だ。女性ならば持っていても何もおかしいことではない。

「せめてさ、自分でやるから・・・」

「いやよ。私が梳かしたい」

 ・・・なんで女性はみんな、他人の髪に触りたがるのかな。

 シルフィラには到底理解出来ないことなのだが、シルフィラが会った女性の多くは、男のくせして女の自分より長い髪はずるいっ! と言って、シルフィラの髪を触ったり梳かしたりいじくりまわしたり。

 問答無用に梳かし始めてしまったミナにかつて出会った女性たちと同じ感覚を感じ取り、シルフィラは早々に“抵抗を諦めよう”モードに移行した。

「・・・恥ずかしくねぇ?」

「そう言われてもさ・・・こうなったら、女性のみなさんには勝てないよ」

 コウにそう言われても、実際、どうしようもなかったのだから仕方ない。

 ミナは熱心にシルフィラの髪をくしけずっていく。水分は取りきったがまだ少し湿ったままの髪を、一束一束手に取る。

「うーん・・・いいわね、これ」

 ミナが梳かしながら恨めしげに呟けば、シルフィラは困ったように返す。

「うーんと・・・どこが?」

「色もいいし、髪質も悪くないわね。何より真っ直ぐで、クセが全然ないじゃない? 痛みもないみたいだけど・・・たまに切ったりしてるの?」

「ああ、時々毛先の方を整えてるよ。でも・・・ミナの髪も、いいんじゃない? いやなの?」

 シルフィラは何の含みもなしに聞いたのだが、ミナはどこか影のある言葉で「私はいいけど・・・周りは、ね」と、それきり黙り込む。

 シルフィラもそれ以上は聞かない。その言葉の意味が、彼にはわかるからだ。もちろん、リィンも知っている。

 ――異端と呼ばれるものがある。

 それは、一般とは違う何かをもったモノに、コトに対して使われるが、決していい言葉ではない。

 例えば、異端の黒――希少な黒色を存分に身にまとった、人外のモノ。ミナのような、真っ赤に燃え立つような髪。赤茶の髪は多くいるが、人ごみでも見分けがつくぐらい赤い髪になるとやはり普通ではない。他にも、旅を続ける間に出会ったことがある、少ないとは言い切れない『異端』の者たち。それは、太陽のように光り輝く金の髪をした女性であったり、手にえらのようなものがある男性であったり、人間とは思えないほど強い斧使いであったり・・・そして、コウのように黒い目をした者に出会ったこともあった。その全てが『異端』と呼ばれていた。自分とは違うモノを言い表すための、隔たりをつくるその言葉。彼らの中にはそれいとう者もいたし、逆に誇りに思う者もいた。

 ミナは、どうなのだろう。さっきの言葉からでは、異端の元となる髪を嫌って憎んでいるのか、誇りにしているのかはっきりとはわからない。

「はい、終わり! 何よ、男のクセしていい髪しちゃってさ。うらやましいわ」

 ミナはシルフィラを解放し、櫛を荷物の中に戻した。シルフィラは慣れた様子で、髪を一本にまとめて留める。

「あのね、シルフィラ」

「ん?何?」

 そうしてからミナが突然呼びかけてきたから、シルフィラは振り返った。

「私は、自分のこの髪好きよ。誰にもやりたくないし、他の誰かのモノを欲しいと思ったりもしない。でもね、ボリュームは多いわ、クセがひどいわで、まとまらないのよ・・・あなたくらいに真っ直ぐだったら、楽だろうな、って思うわけ」

 ・・・グチ?

 シルフィラだけでなく、男三人全員がそう思った。ミナは、心底忌々しそうに自分の豪奢な赤髪をつまみあげながら、舌打ちすらしてみせる。

「朝とか大変なのよ、本当に。寝癖はつくわ、髪質が硬いからか簡単には直らないわ、雨が降ると広がるわ、色々色々・・・」

「あ、あの・・・ミナさん?」

 炎を飛ばす時と同じような勢いで話を続けるミナに不安と若干の恐怖を覚えて、シルフィラはちょっと腰が引けたまま呼びかけた。けれど、ミナはそれにも構わずなお一人グチをはき続ける。

「一本にまとめるのも時間がかかるし、朝は出来るだけ長く寝たいから時間はないし、だからこうしてまとめもしないでほどいておくんだけど。・・・でもね、私はこの髪、好きよ。私の誇りだもの。異端だろうとなんだろうと、誇ってみせる。不吉だとかいうヤツは、骨まで焼くわ。むしろ、骨も残さず焼く」

 ・・・恐っ!!

 立派な志だとは思ったが、それより先に、ミナならばその言葉を実践するだろうということが想像できて恐怖だった。




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