fate and shade 〜嘘と幻〜

間章   9





 太陽が半分ほど昇ってから、一番最初に目を覚ましたのはリィンだった。

「おい、起きろよ」

 すぐ横で無防備に眠っていたミナを揺すり起こす。その間に、シルフィラは自分で起きだした。

「おはよー・・・」

 寝ぼけているのか、目をこすりながらの挨拶だった。

「ああ。・・・ちょっと寝すぎか?」

 リィンはさすが剣士で起きるともう意識をはっきりさせており、太陽の位置を確かめて困ったように首を傾げた。

「ほら、昨日色々あったから・・・」

 シルフィラは意識がやっとはっきりしてきたようで、笑いながらリィンの方に顔を向ける。そして、その足元にまだ豪奢な赤毛が転がっているのを見て苦笑いを深めた。

「ミナ、朝だよ? ほら、コウも・・・って、コウは?」

 シルフィラは振り返って、コウが寝ていた場所がすでにもぬけの殻になっているのを見た。答えを求めるようにもう一度リィンを顧みるが、リィンは首を横に振った。

「どこ、行ったんだろうな・・・?」

 心配は感じなかった。ただ純粋に疑問に思ってシルフィラは言ったのだが、リィンは途端そわそわと落ち着かない素振りになる。

「リィン。多分、ちょっと散歩とかじゃない?すぐ帰るよ」

 安心させるような声音で優しく告げたシルフィラは、春の陽だまりのような暖かい笑顔を見せる。

 ――ああ、大丈夫だ。コウは。

 あんな風にひねくれた態度をとっていても、こうして心配してくれる人がいるんだから・・・と、シルフィラは心中で思う。

「・・・でも、遅いわよ?」

 そこに二人以外の声が混じった。やっと起きた、ミナの声だ。

「日が昇ってすぐの頃、黒精霊に起こされてたわ。顔洗ってくるって言ってたけど・・・帰ってないんじゃない?」

 するとリィンがまたおたおたし始めた。起き上がったミナはそんなリィンの頭に張り手を一発食らわして、「落ち着け、バカ」と吐き捨てた。

「黒精霊が一緒なのよ? 少なくとも、コウに降りかかる身の危険からだけは助けるでしょ」

 そうして大きな欠伸をした。そこに、賛同するようにシルフィラも頷く。

「確かに、ね。コウを守ると言ったんだから、ちゃんと守るはずさ」

 二人の言い分に、リィンは不服そうに顔を歪めた。

「・・・どうして、断言出来るんだ?あんな、絶対普通じゃないモノのことを」

 シルフィラとミナは顔を見合わせて、同時に苦笑いを浮かべる。「どう説明するべきかな・・・」と先手を切ったのはシルフィラで、ミナは「説明したとこで理解できないんじゃない?」と初めから話す気全くナシだ。まあまあ、そう言わずにね、とシルフィラがミナに笑いかけ、考え考え話し出す。

「・・・うんとね、俺らは魔術師だから、精霊のことをリィンより少し多く知ってる。精霊はね、無条件で魔術師に力を貸してるように思われるけど、実は違うんだ」

「違うのか?」

 初耳だ、とリィンが目を丸くする。

 実はね・・・とシルフィラは相槌を打ち、続ける。

「もし全くの無条件なら、魔術師に得意な属性、不得意な属性なんてなくてもいいはずだろ? でも実際には、それがある。・・・ミナが火系の魔法しか使えないみたいにね」

 リィンは初めて聞いた話に興味を示し、首を傾げる。

「じゃあ、契約とかしてるってことか? 昨日言ってたよな、確か・・・『これは儀式であり、契約だ』だったか?」

 よく覚えてるね? とシルフィラは目を丸くし、さらに話は続く。

「そうだね。・・・でも、魔術師は精霊との契約なんてしてないよ」

 シルフィラの言葉に、リィンがえっ? と声を上げる。それでは、本物の精霊が言った言葉と違うではないか。シルフィラの後を引き継いで、今度はミナがその疑問の答えを話し出す。

「私達魔術師と精霊の間にあるのは、契約じゃなくて信頼関係とか愛情のたぐいなの。精霊っていうのはすごく気まぐれだから、気に入った人間のことしか助けない・・・それはどんな精霊でも同じみたいね」

それは確かにそうらしいね・・・、とシルフィラが結論をまとめあげていく。

「それでね、リィン。つまり魔術師っていうのは、精霊に好かれた人間のこと指すんだよ。でもまあ、俺達にも姿は見えないし、実際詳しいことは誰も何もわからないんだけど、ね?」

 適当だよなー、とシルフィラはミナに、本当よねー、とミナも頷く。だがソレを聞いたリィンは、不可解そうな表情を深める。

「・・・ってことはアレか。結局何もわからないのか?」

 シルフィラは苦笑しながら、ミナは堂々と、そろってもう一度頷いた。

「・・・魔術師って、そこまで適当なヤツらだったのか」

 苦々しげに言ったリィンは、同時に一つため息をついた。

「しかも知らないヤツに一方的に好かれて、か・・・」

 リィンのその言い分には、魔術師二人ともが反論した。

「いや、ね・・・? 姿は見えないけど気配はわかるし・・・俺たちも、信じてるから」

 シルフィラが言えば、ミナも

「信じてなければ、どんなに魔力があっても、精霊に好かれてても、魔法なんて使えないわよ。・・・あーあ、だから言ったのに。リィンが理解できる範疇の話じゃないわよ!」

 説明終わりっ! 飽きた。

 ミナはそして、話を打ち切ってしまった。リィンはもちろん、そんなミナに向かって「まともに説明しようともしないヤツが何を」と呟く。そうすればやっぱりミナは怒るわけで・・・またしても「火の槍」あたりを飛ばそうと構えた。

「ミナっ! 今度こそ森が焼けても知らないからな!!」

 そんなミナに釘を刺したシルフィラは、二人に聞こえないくらい小さな声で、ポツリと呟いた。

「・・・でも、俺にもわからないんだ。どうして好かれてるのかなんて」

 その呟きは本当に小さな声で、にらみ合う二人の耳には到底届くものではなかった。




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