三章 “断罪と死” 4
コウが部屋に戻ると、なぜか、剣士がベッドの上で固まっていた。 「・・・リィン?」 薬をひとまず机に置き、コウがいぶかしんで声をかけるも、リィンは固まったまま動かない。 「おい、なんかやったのか?」 固まっていたのがもしもシルフィラだったら、コウは放っておいたかもしれない。だが、今固まっているのはリィンだ。コウはなぜか、リィンに対して親近感がわいていた。 「いや、ちょっとお前が記憶喪失だって話したんだけどな。そうしたら、固まった」 ・・・記憶喪失? 声には出さなかったが、コウはその単語に一瞬まともに眉をしかめそうになった。しかし、コウとてバカではない。――異世界から来たという事実を、隠すための。・・・いや、もしかしたらシルフィラは、本当にコウのことを記憶喪失だと思っているのかもしれない。 「ねえ、それって本当のことかしら? 何も覚えてないの?コウ」 コウは、話を合わせることにした。 「あ、あぁ。いや、何もっていうか、覚えてないっていうよりわからないっていうか・・・」 どこまで嘘をつくべきかとしどろもどろになったコウの様子に、ミナは痛ましそうな視線を向けた。 「そう、大変だったのね・・・」 それは一言だけだったが、妙に感情のこもった言葉だった。勘のいいコウは、その言葉に宿る意外なほどの重みに気付いたが、あえて気付かなかったふりをした。 「―――っコウ!!」 その時、やっと硬直からとけたリィンが後ろからコウを羽交い絞めにした。 「ぅわっ?!」 「お前っ、そんな重大なこと、どうして言わなかったんだっ?! シルフィも、どうして何も言わない!」 リィンが怒っている。コウは困惑するばかりでわからない。シルフィラはコウのことを、『記憶喪失』と言って聞かせたらしいが、それが何か悪かったのだろうか。シルフィラは一体どんな説明をしたのだろう。 コウは説明を求めてシルフィラに視線を投じた。だが、シルフィラは肩をすくめてやはり困惑していた。その時ミナが視線に入ったが、ミナは呆れているように見えた。 「だからっ、記憶喪失なんて、とんでもない重大な事態じゃないか! そういう時は、年上に助けを求めるんだよ! ああ、一番最初会ったときに、言っておいてくれればいいのに。シルフィ一人じゃ手に余るだろう。・・・ってことは、シルフィはコウの故郷か知り合いかを探して旅しているのか?」 コウは思いもかけない見解に目を丸くしたが、シルフィラは一拍置いたあと、両の手の平をポンッと合わせて、満面の笑みを浮かべた。 「あ、そうそう。そんな話しだった。そうだよなー、コウ?」 話しかけられたコウはもちろん「はぁ?!」と声を上げたが、シルフィラは二日酔いを感じさせないような動作で素早く立ち上がって、いまだ後ろからリィンに羽交い絞めにされているコウの前に座り、その頬を両手で包み込んだ。その行為に、コウは目を白黒させている。 「記憶を戻して、元いたところに帰るんだよな? 俺はひまだし強いし、何よりコウを助けたいと思うから、旅一緒にしてるんだよな。・・・帰るんだろ? コウ」 シルフィラは、本心をたずねた。コウの本心を。――帰るつもりなのか、どうか。 「・・・帰る、だろうな」 目をそらせないように頬をはさんだまま、シルフィラは真っ直ぐにコウを見つめた。コウはそれを毅然と見つめ返そうとして・・・少し揺れた本心は、言葉に出た。 理由もなく来たのだから、また、理由もなく帰るのだろう、と。帰りたい、という言葉ではない。 シルフィラはそれを苦笑して受け止め、すっと頬から手を離した。 「納得しただろ? リィン、いつまで抱きしめてるんだ? コウは抱きしめられて喜ぶようなやつじゃねぇよ」 リィンは腕を緩めて、コウを解放した。さっきのシルフィラとのやりとりになぜか疎外感を感じながらも、 「・・・まぁ、俺たちが一緒にいる間は、俺たちもお前の記憶、探してやるからな?」 そして、コウに向かって力強く頷いた。 「あ〜あ。またリィンの世話焼きが出たわね・・・」 ミナが呆れてため息をついた。 リィンは、自他共に認める世話焼きだった。
|