fate and shade 〜嘘と幻〜

三章 “断罪と死”   7





 宿屋の主人の依頼は、実に胡散臭かった。プンプン臭ってくる。ある意味、こんだけ胡散臭けりゃ素晴らしい。

 四人が説明された依頼の内容は、以下の通りだった。

 魔術しか効かない魔獣が、町を占拠している。今、通りかかった魔法使いに軒並み声をかけて、征伐に行ってくれるように頼んでいる。君たちも行ってもらえるかい。ああ、報酬は一人ひとりに千を約束しよう。

 ――筋は通っているし、町単位の依頼も、ないわけじゃない。

 ならば、どこがあやしいか。

 まず一つ。『魔術しか効かない魔獣』。

 次に一つ。『報酬は一人ひとりに千出そう』。

 最後に一つ。『宿屋の主人の表情と態度』。

 シルフィラ&ミナの(即興)魔術師ペア曰く、「魔術しか効かないなんて、そんな魔獣会ったことない」だった。それにリィンも加わって賞金稼ぎたちが言うには、「千なんて大金を一人ひとりに出すなんて、気前が良すぎる」。さらにコウの独断では、「絶対何か企んでる笑顔だった」と、こういう訳である。

 大体、出来すぎた話しには必ず裏があるものだ。世知辛いようだが、子供だって知っている当然の事実だ。

「でも結局、行くんだよな」

 そう呟いたのはリィンだ。どうも、リィンもコウと全く同じことを考えていたらしい。

「なーに? いやなの? 確かに胡散臭かったけど、別にいいじゃない。実際魔獣を倒せばお金がもらえるし、私たちは賞金稼ぎよ? 危険に飛び込んでナンボじゃない」

 ミナの言葉に、「いや、俺はその賞金稼ぎってやつではないんだけどな」とコウは胸中で嘆息した。口に出すと恐いからだ。

 先陣を切って歩いていくのはシルフィラだが、今、四人は大きな街道を外れ、わき道のように小さな、それこそ地元の者しか通らないような道を一列になって歩いている。その問題の町に行くためには、この道を通るしかないそうだ。いや、ますますもって胡散臭いことだ。コウはどうとして、真面目なリィンが不安(弱気?)になるのも無理はない。

「こっから歩いて約一日。でっかい風車が目印の、名前だけは立派な町サクライフィス。朝から歩いて今昼前だから、あと半日ちょいだな」

 歌うように言葉を紡ぎだしたのはシルフィラ。実際鼻歌を歌っている。

「あんた、よく楽しめるな」

 コウが呆れたように聞くと、シルフィラはくるりと振り返って、笑った。

「んー、旅は、楽しいじゃないか。ちょっとのスリルもまた一興! 平穏無事な旅だったら、しているだけつまらないだろ?」

「まあ、確かに」

「そうね」

 コウとミナはその言葉にこくこくと頷いたが、真面目で、この場では唯一危機回避本能があるリィンは、両手で顔を覆って大きなため息をついた。

 ・・・絶対、前途多難だ。こいつらと一緒にいたら、もしかして命が何個かあってもすぐ尽きる。きっとそうだ。でも、命は一つだけ。尽きていない自分は、一体どういう超人なんだろうな・・・?

 ただ単に、運がいいだけである。とは、思いたくない。間違っても。

 ――それでも、リィンはミナとの旅を続けるつもりだ。シルフィラとコウは、即興で組んだパーティだが、ミナだけは違う。彼女は、真っ赤な髪をした魔術師の彼女は・・・。

「・・・まあ、諦めろよ。リィン」

 そのとき、コウが後ろを向いてリィンに話しかけてきた。

「あいつらは、多分昔からああだから。俺知んねぇけど。で、俺も昔からこうだから。一人だけ心配してても、疲れるだけだぜ。俺たちには、スリルは遊びに見えるらしいから」

 自分も含めての思ったより冷静な分析に、驚いたのはリィンよりコウ自身だ。思いもよらなかった言葉を言った。その事実に驚いて、表面は冷静さを保ちながらも、コウは内面、穏やかでなかった。

 何かが、変わった。

 自分の何かが。人を、物事を、流されるままに流されて、決して興味を示さないはずの自分の何かが、変わった。

 スリルは遊び。本当に? 俺も昔からこうだから。本当に?

 本当に? コウは、動揺した。

 ――今いるこの時が、この場所が、自分のいるべき場所だ!――

 唐突に、自分が思ったその言葉がよみがえる。それは・・・決意だ。コウは、自分のいるべき場所を確立した。だから、こんなことを思うのか?

「・・・そういう言葉は、止めてほしいな。コウ。俺の負担が増えるだろーが」

 リィンは半眼になっていやそうに言った。コウははっと我に返って、言い返した。

「いや、楽しまなきゃソンだってことさ」

 楽しみ=スリルなのは基本的におかしい、と感じながら、コウはそれしか言えなかった。自分の中の何か――どこか。それが、あの決意の後から攻撃へと向いているのをわかっていながら。




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