四章 “オブ・セイバ” 12
シルフィラは朝一番、眠っているミナとリィンに何一つ言わず、宿屋を出た。向かう先には、暗い路地、細い道、曲がりくねった複雑な通り。・・・昨日もたどった道筋である。全く同じ行為を繰り返し、シルフィラはたどりついた先にいた人物にすがるように声を上げた。 「ラン! ・・・情報を売ってくれ!」 突如訪ねてきたシルフィラにランドールは驚き、さらにその表情に驚きを倍増しした。 「シルフィラ・・・どうしたんだ? 何があった?」 切羽詰った顔を向けるシルフィラに、ランドールは幼馴染としてではない、情報屋の顔で真剣に尋ねた。 「コウが・・・俺と一緒にこの町へ入った一人なんだが、昨日から帰らない。一人でどこかへ行ったりなんか、しないはずなんだ。だから・・・」 「ああ、わかった。わかったから、落ち着け」 ランドールはシルフィラに椅子をすすめ、座らせた。シルフィラはどこか思いつめたような顔で素直に席に座る。 「売れと言われても・・・何の情報も入ってないんだ。いいか、すぐ集めてくるから。だから、ここにいろ。先走るなよ!」 「先走るって・・・どういうことさ?」 シルフィラが聞き返すと、ランドールは憮然とした態度をとる。 「一人で探しに行くとか、魔法ぶっ放すとか、そういうことをするなって、言ってるんだ」 シルフィラは黙り込んでうつむく。あ、図星だな、とランドールは心中で思い、同じく心の中でため息をついた。そうしてすぐさまきびすを返し、外に飛び出そうとする。 「・・・黒檀のような黒い瞳」 その背に、シルフィラが呟いた。ランドールはぴたりと立ち止まり、驚愕の表情で振り向く。シルフィラはランドールの頭に覚えこませるように、言葉を一言一言はっきりと、もう一度繰り返す。 「ラン。コウは・・・黒い瞳をしているから。それが特徴だから」 その言葉の意味を深くとり、ランドールは一つ頷いて、今度こそ出て行った。 一人になった部屋の中、シルフィラは深く椅子に沈みこんでぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。ごく小さく。自分だけに聞こえればいい、と。 「――大事だと思うんだ。大切にしたいんだ。だから・・・守りたいんだ」 それがたとえ、過去の清算なのだとしても。
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