四章 “オブ・セイバ” 17
ラクーア教。異端の黒を崇める、異端の宗教。崇めるモノはたった一人の存在――“異端の黒”。全身を真っ黒な羽で包んだ、謎多き黒きモノ。 ――その信者は、いつか楽園を見つけられるという。“ラクーア”という、この世の楽園を・・・。 「・・・で、その狂信者の集まりと悪名高いラクーア教の信者に、コウは捕まっちゃったってわけね?」 「ま、そういうことだ」 「・・・はあ、また厄介なことになっちゃって」 ミナが言えばランが頷き、リィンは一人心に涙を流す。 ラクーア教には顕著な特徴がある。狂信的、とも言われる理由だが・・・喰らうのだ。異端の黒の恩恵を授かりし者を。その身に黒の色彩を宿した者を。 “オブ・セイバ”。異端の黒の別名であり、その恩恵を授かった者達を指す言葉。その意味は・・・『死んだ救世主』。この言葉一つとっても、異端の黒、オブ・セイバが導く道が知れようというものだ。 「全く、気をつけなさいって言ったのに・・・シルフィラは注意しなかったのかしら?」 ミナが文句を言えば、ランドールが同意してさらに文句をたれる。 「案外面倒くさがりなんだよ、あいつ・・・」 「本当にね」 「ああ」 二人は共感の思いを得て、出会ってからまだ浅いというのにすでに良い状態だった。 昼は過ぎ、頃は夕に差し掛かる。空の端に段々と赤みが混じり出し、ランドールは早足になって急ぐ。 「あれだ!」 路地の入り組んだ中から見えた影に、ランドールはぴたりと立ち止まった。その後ろにつくように、ミナとリィンも立ち止まる。 「これはなんというか・・・」 「でかい、わね」 二人の感想がそれだった。 巨大な壁。壁が覆いつくし、中に何があるのかは全然わからない。ランドールが慎重に近付いていくので、二人も慎重に歩を進め、ぴたりと壁に耳を当てた。 「・・・なんか聞こえるわね」 ミナが言えば、リィンは静かに頷く。ごく小さく、壁に振動しながら響いてくる音。ランドールは真剣な表情で「もうすぐ捧げモノがつれてこられるところだ・・・ヤバいな」と声を出す。 「シルフィラがどこにいるかはわからないけど、一刻を争うみたいだな。・・・どうにか侵入して、その少年を探そう」 ランドールの提案に、しかし二人は頷かない。 「・・・どうした?」 ランが訝しげに声を上げれば、ミナが聞く。 「・・・どうして、見ず知らずの誰かを助けようとするの? 危険を冒してまで」 「・・・シルフィの知り合いだって話だけど、コウとは知り合いじゃないだろ? そこまでしてもらう義理はない」 二人の言葉に、ランドールはつい先日のシルフィラへの怒りと同じモノを強く感じた。 「お前ら、みんなそんなこと言うんだな・・・!」 ランドールの怒りは、だが彼らには届かない。 「そう? ならみんな、当たり前のことを聞いてると思うんだけど・・・」 なぜ怒るのか理解できないと言った様子でミナが呟けば、リィンが小さな声で「・・・まあ、丸っきりわからないわけでもないがな」とランドールに軽く同調する。 「なんだ、なんなんだお前ら。何様のつもりだ? 誰かに助けてもらったり、心配されたり、知らないヒトを助けようと思ったりするのは、いけないことだって言うのか? 俺だって、当たり前のことを言ってるんだよ! なんでわからないんだ、こんな単純なコトが!! シルフィラも、あんたらも・・・!」 それでもその憤りは、やはり届かず。ミナとリィンは同時に肩をすくめ、示し合わせたようにぴったりと、同じ言葉を告げた。 「「こちらにも譲れないものがある」」 これが自分というものなんだと・・・そう言い切った二人に、ランドールは決して納得出来なかった。 ・・・コイツらもアイツも、勝手に自己完結しやがって! 俺にも踏み入るスキを与えろってんだ!!
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