四章 “オブ・セイバ” 22
「・・・たいがい、俺も運がないよな?」 両手を広げたまま大仰な仕草で止まっている男に、教会の中へ入り込んだシルフィラは世間話のような口調で語りだした。 「異端の王っていうのは俺にとってまるっきりイヤミなわけだし、もちろんそんなことを堂々と言ってのけるヤツを放置しっぱなしにするつもりはさらさらなかったし、いつかは制裁加えてやろうとは思ってたけど、まさかその前にコウをさらわれるとは思わなかった。そっちに先手を打たれるとは、ね」 シルフィラの長台詞の内容を意に介すこともなく、男は微動だもせず、両手を広げて笑みをたたえたまま、熱に浮かされたような様子で返す。 「私のいとおしい、ラクーア教の信者達がつれてきてくれたのですよ。なにやらあのオブ・セイバは、 男の言葉にシルフィラは頭が痛むように額を押さえ、長くため息をついた。 「・・・なんだか変なところでボケてるんだからさ、全くもう」 そして男の姿を視界に入れて、苦りきった表情で微笑む。 「本当に、因縁はつきまとうものだね」 男はその言葉に微笑み返し、「ええ」と頷く。 「そうですね・・・。しかし貴方はよくよく、人聞きの悪いことをおっしゃる。因縁などと、悪い方向へとるべきものではないでしょう。貴方が私に出会ったことも、今ここに二人で話していることも、オブ・セイバの少年が現れたことも、貴方の出自も・・・この世の何もかもは、全て運命によって成り立っているのです」 運命・・・なんていい響きなのでしょう。と男は付け加える。シルフィラは、なんて悪い響きなんでしょう。と皮肉げに返し、続ける。 「でもさ、ならその運命こそ、因縁だよね?」 因縁、という言葉にこだわるかのように、シルフィラは強調する。男はゆるやかに首を縦に振り、「・・・異端の王、貴方がそう思うのならば」とへりくだった様子で言う。だが、男は男で運命という言葉を強調するようにさらに言葉を発した。 「因縁は、因果ですか? それは貴方にとって、とても関係の深い言葉でしょうね。それにしても、貴方はいつ見ても美しい・・・その美しさを備える誇り高き魂は、やはり貴方の非常に稀なその出自に起因するのでしょう。それこそが、貴方の運命なのでしょう」 男はそして、朗々と謳うように。色鮮やかな明かりに照らされたその姿は、まるでスポットライトを浴びているようですらあった。 「・・・許されない、起こるはずのない、出来事。全ては出会いの中に潜む二人の愛に始まった」 男は、続ける。誰に語る物語でもない。ただ、それは事実である話。 「二人の愛の証として生まれた、生まれてしまった、子供。生まれながらにして、親殺しとしての罪を負った、その子供こそが・・・」 そのとき、シルフィラの微笑は極限まで凍りついた。意識せず男に向かった視線。人間離れして美しく完璧に笑みを浮かべるその顔。シルフィラはただ、その心のおもむくままに詠唱する。 「我が求めに応え ここに至りて契約を果たせ 成せ」 そして、中空に向かって両手を広げる。・・・ただ、迎え入れるために。 「・・・ラヴュスト」 そして、吹きぬける突風。それはほんの一瞬で、壁に何本もの爪痕を残し、ステンドグラスを粉砕し、床をえぐって、微風を残して収まった。 「おお・・・」 男は、頬を駆け抜けた風につけられた傷にも気付かず、感嘆に思わず声をあげた。 ――シルフィラの横に添う、青く、蒼い胴。尾は地上についてもなお重そうに垂れ下がる碧色をしていた。目に当たる部分だけが、血の色を混ぜた夕焼けのように紅だ。そんな生物だった。それは、巨大な鳥の姿だった。 「なんと、なんと美しい・・・これは、この精霊は・・・」 感極まり言葉にもならない男に、シルフィラはその鳥の首元を優しくなでながら言う。 「・・・風の、中位精霊。俺の母さんが使役していた。そして今は、俺と一緒にいる」 なでられて気持ちよさそうに目を細める、巨大な様々な青色の鳥。隣にたたずむシルフィラは微笑みを浮かべて横に添い、その光景は見る者によっては悪夢のようですらあったが、男にはただ、感動の思い以外もたらさない。 「・・・シルフィラ、まさしく貴方は異端の王です。すばらしい、実にすばらしい・・・」 そして言葉にならないといった様子で、祈るように手を組み合わせた。 「異端、ね。そうだね、俺は、これ以上ないくらい珍しい異端の例なんだろうね。ただ髪が黒いだけ赤いだけ、力が強いだけ・・・そんなヒト達とは、比べモノにならないくらい」 絵画のような、麗しい光景。背景は廃墟。見るものは一人。畏れと悦びに震えている。それは、自分にはふさわしい光景かもしれない・・・、とシルフィラは心の中、自嘲した。 ・・・中位以上の位の精霊は、通常人には懐かないと言われている。従うのは、自分より上位の存在――より精霊の本質に近い力をもつ存在のみ。 「私の知ることの出来る限りは、知ったつもりでした。初めの理由は、異端の中でも貴方だけは特別だと思われたからですが・・・。シルフィラ、山向こうの小さな集落で生まれた貴方には、初めから母がいなかったという噂があります。私はその理由が知りたかった。そして・・・知った」 シルフィラにぴったり寄り添い、翼をはためかせることなく宙に浮くその存在に目を奪われながら、男は熱に浮かされたように語る。 「貴方の母は――精霊だと。それも、風の上位精霊であったとは・・・。なんとすばらしい。なんということだ!」 男は狂ったように笑い出し、シルフィラは仮面のように微笑を崩さない。 「なんということでしょう!! 精霊と人の合いの子・・・まさに、異端の証! 異端の中の異端! 異端の王よ!!」 シルフィラは、仮面の微笑をはりつけたまま、あっさりと頷いた。 「確かに・・・異端の中の異端さ。でも、王様なんかじゃない。俺は、他の異端とは違うんだから」 そして、張りついた微笑をわずかに痛みに歪めるように。 「・・・俺は、人間じゃないんだから」 途端、訪れる沈黙。会話は断ち切ったように途切れ、音一つない。いつしか、遠く聞こえていたはずの信者達の声も消え失せていた。 そのまま静寂が続くと思ったその時。 「・・・お前、何言ってんだよ」 ひどく硬い声が、割って入った。その声に、シルフィラはゆっくりと振り返り・・・ 「全部本当、なんだよ。・・・コウ」 男に見せていた仮面の微笑は、憂いを帯びて、悲しそうにくもっていた。
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