四章 “オブ・セイバ” 23
信者を蹴散らすように倒しながら、コウは真っ直ぐ進んでいた。目指すのは、初めに閉じ込められていた部屋のある教会・・・シルフィラがいるところ。 不親切なことに、黒精霊は壁の中までしかコウを運ばなかった。壁の中に入ったら、あとは勝手に歩いてシルフィラを探せと言うのだ。しかしコウは、にらみつけただけで文句も言わなかった。侵入者(もしくは脱走者と思われていたのか・・・)に気付いた信者達はそこらの建物からわくように出てきて、賛歌はいつしか怒声のようなモノへ変わっていった。それら全てが、まるで普通の人々なのだ。ただどこか、追い詰められた狂気のようなものが表情に表れている。 「オブ・セイバが逃げたぞ!」 「神の神子がっ!! 取り押さえるんだ!」 「我らの楽園への捧げモノを、逃がすなっ!!」 そんな声がそこら中から聞こえてきて、コウはあっという間に信者達の輪に囲まれた。しかし、コウは動じない。恐れない。 「・・・あの変な呪文より、罵声のがマシだってんだよ。なんだよ、ケンカ売れるんなら早く売れよ、テメエら!」 わー逆ギレだぁ、とほざくメシアに空中蹴りをかまし、その勢いでコウは輪の一部を切り開くように突進した。 「に、逃がすなーっ!!」 ひるんだ信者が避けようとするのを他の誰かが罵声で遮って、コウは立ち止まってしまったその信者の腹にもろに蹴りをくらわす。その一角が一挙に雪崩のように倒れる。コウは倒れこんだ信者達のあごを次々に蹴りつけて気絶させながら振り向いて、 「俺は今、すっげぇ機嫌悪いんだよ。魔法なんて使えねぇけど、ただのケンカだったら、負けねぇ」 今さっき数人の人間を気絶させたにしては静かな声で、そう告げる。 崩された輪の一部はすぐに他の信者によって埋められ、コウはまた包囲されていた。それでも、不敵に言い放つ。 「逃がすな? そんな命令、いらねえよ。・・・俺は、逃げない」 そしてまた、自ら輪の中へ飛び込んだ。 コウはすでに傷だらけだ。服は破かれ、体中にひっかかれた跡がある。幸いに、刃物や鈍器を持ち出す者はいなかった。コウは信者の密集ぶりを逆手にとって、ドミノ倒しのようにして床に倒れた者から順に、あごや腹などを蹴って気絶させていた。 「コウ、一対数十人っていうのはちょっとハンデが大きすぎるよ。逃げないのー?」 輪の中を突き進むコウに、黒精霊がそう声をかける。 「数十人? そんなにいるのかよ・・・」 コウは黒精霊の言葉にぼやくが、輪の中を離脱する様子はない。 シルフィラがいるはずの教会の扉は、まだ見えない。奥まったところにあるその建物には、どうしてもこの信者達を突破しないとたどりつけない。そのためのハンデは、確かに大きい。いくらコウがケンカが強くても、相手だって人間だ。倒して蹴るというコウの戦闘方法を、もう学習しはじめている。 「どうする、コウ? 逃げるー? 逃げないのー?」 役立たないメシアは、間延びしたような口調でそう尋ねてくる。そして、学習する“人間”というモノの一人であるコウも、すでにその問いかけがどんな意味をもつのかわかっていた。 ――メシアは、選ばせているのだ。いくつもある中で、最も根本にある二つの答えを。・・・コウが生きるか、他者が生きるか、を。 「・・・逃げるわけ、ねえだろ」 その問いかけの中身を理解していながら、コウは逃げないと繰り返す。 「あいつを、あのおせっかいをぶっ飛ばして帰るんだ。誰が逃げるか」 メシアはその言葉に、無邪気げに問い返す。 「どこへ帰るの? コウ」 コウは答えない。ただ唇をかみ締めて、向かってくる相手を規則的になぎ倒しながら前へ前へと進んでいく。 「・・・もう、しょーがないなぁ。ボクが手伝ってあげるよ、コウ」 そんなコウに呆れたように、黒精霊はため息をつき――言葉と同時に、閃光が弾けた。そして、閃光が収まる頃には、コウ以外の人間は、誰一人立っていなかった。 「一応言っとくけど、殺してないよー?」 コウはその一言に小さく頷いて、歩き始める。 一番奥に位置する教会を隠すように建てられたいくつかの建物。その全てを抜けてコウが見たのは、扉が消失し、入り口近くが陥没して・・・そして、暗闇にうごめく青く蒼いナニカの姿だった。
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