四章 “オブ・セイバ” 6
情報屋ランドール。情報屋でありながら、一部の者にしか情報を売ろうとしない、変わったヤツ・・・。彼が売る情報は、皆一風変わっている。そして彼から情報を買えるヤツは、彼に『気に入られている』必要がある。 「シルフィラ、本っっ当に久しぶりだな。この間会ってから一年近く経過してるけど、そんなに俺に会いたくなかったのか、それとも魔獣退治が忙しかったのか、はっきり答えてくれるか? 色恋沙汰の噂は全くたたないお前のことだから、女にうつつを抜かしてたなんてことはないと思うけど。だからっていって男にうつつ抜かしてたら付き合い切るけど、そこのところどうよ」 たっぷりと皮肉のスパイスをかけた言葉の羅列は、ずらずらと並べ立てられる。 「男にうつつ抜かすって・・・いくら俺がそれなりに見目いいからって、それはないだろ」 「いや、お前のことだからありうるかもしれないじゃないか。お前、見目いい男を誘惑する魔性の男って噂が立ったことあるんだぞ」 「えっ? マジで?! うっわ、すごいガセネタ・・・」 自分のことを自分で見目いいとかいうヤツも、そんな噂を拾い集めるヤツもどっちもどっちだ。シルフィラはひとしきり雑談を交わして・・・ふと、真面目な顔つきに変わった。 「・・・わかってる。シンパスだろ?」 その表情だけで察したランドールは、そう言いながらかぶりをふった。・・・悲しそうに。 「見つからない。どこにいるんだか・・・全く情報がない」 「・・・そっか」 悲しそうというより、痛みをこらえるようなつらい表情でシルフィラは頷いた。 「なあ、どうしてあいつを探すんだ? だって、あいつは・・・」 「それ以上、言わないで」 ランドールが言おうとした言葉を、シルフィラは強い口調でさえぎった。ランドールは押し黙り、物言いたげに視線で訴える。だがシルフィラは複雑な笑みを浮かべて首を横に振るばかりで、それ以上、何も言わせようとしない。 「・・・シンパスがとった行動は、合ってたよ。お前は許さないかもしれないけど、俺はやっぱり、あそこにずっといることは出来なかった・・・もしかしたらお前らを傷つけてたかもしれないって思うと、むしろ感謝したいくらいでさ」 「そんなこと・・・!」 シルフィラは叫びかけたランドールに、淡く微笑んだ。 「・・・そもそも俺は、人間じゃないかもしれないしさ」 その言葉にランドールはカッと頭に血が昇り、気が付くとシルフィラの頬を力いっぱいはたいていた。ほんのちょっとだけ空気に余韻が残って。ひりひりと痛む右手を左手でおさえながら、ランドールはしぼり出すような声で告げた。 「・・・そんなこと今度言ったら、縄で巻いて谷までつれてって、落としてやるからな」 それに対するシルフィラははたかれた頬をおさえることもなく、 「・・・時々過激だよね、ラン」 何事もなかったかのように、優しく笑った。そして用は済んだのか、名残も見せず背を向ける。その背に追いすがるように、ランドールは急いで聞いた。 「・・・カーヤに会いに帰ったりは」 「しない」 そっけないまでの態度に、ランドールはさらに言葉を続ける。 「カーヤは、会いたがってる、お前に。わかってるだろ? あいつは、事情とかなんとかそんなものは全く関係なしで、ただお前のことが・・・」 「それ以上言うなよ? なあ、ランドール・・・」 紡がれようとした言葉をせきとめたのは、シルフィラの声の冷たさだったのか、ランドールがただ言いよどんだだけだったのか・・・普段使う略称ランではなく、フルネームで呼ばれて、ランは口を閉ざす。 「・・・帰らないし、帰れない。会いたくないわけではないけど、俺は・・・帰る覚悟がないんだよ」 シルフィラはそれ以上何も言わず、振り返りもせず元来た通路を歩いていく。ランドールはその背に、最後の言葉をかけた。 「お前が帰ってきたことは噂になってるけど、今回、一人じゃなかったんだろ? 赤毛の女に剣士に少年・・・ソイツらは、お前の何なんだ?」 シルフィラは立ち止まってしばらく考えて・・・ちょっとだけ向けられた顔は薄く張りついたような笑みの形。 「さあ?」 結局は明確な答えは言わず・・・シルフィラは出て行った。 出て行った通路をしばらく見つめ続け、ランドールは知らぬ間に詰めていた息をはあと吐いた。 「・・・バカだよな、どいつもこいつも」 シルフィラ、シンパス、カーヤトッニにアイシーク。自分だって、その中に入っている。村でたった五人の子供だった者達。 でも、バカなヤツらだからこそ。 「絶対見捨てたりしないし・・・諦めもしないからな」 ランドールはうなるように呟いて、深呼吸を一つ。決意も新たに大きく空に頷いた。
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